「お客さんとのつながりをここまで書いている映画館本はない」8/21〈書籍を作る〉という挑戦|江口由美/住田明世/岸野令子



 書籍「元町映画館ものがたり」刊行記念RYUSUKE HAMAGUCHI 2008-2010 Works PASSION/THE DEPTHSと題して8月21日より1週間に渡って開催した上映&トークセッション。


 1日目は『PASSION』上映後、元町映画館出版プロジェクトで一般社団法人元町映画館社員の江口由美(ライター)、同理事の住田明世(会社員)、同社員の岸野令子(シネマパブリシスト)が登壇し、同館10年の歩みを自主出版で世に送り出すに至った”挑戦”について林支配人が聞き手となって語り合った。


 責任編集を務めた江口、2009年の東京フィルメックスで『PASSION』を観て以来、すごい才能が登場したとずっとファンだったという濱口竜介監督に書籍の帯まで書いていただき今も感激しているという住田、オープン時からの社員で「よくここまで来たね」と林さんに労いの言葉をかけた岸野の挨拶の後は、同じく開業時からの社員である住田より社員についての説明が。



■元町映画館の“社員”とは?

 一般社団法人元町映画館では、もともと法人を設立する際の出資者を社員と定義していたと住田。設立発起人の堀忠さんに賛同し、岸野や初代支配人の藤島さんを含め、最初の社員メンバーは8人。加えて当時は映写スタッフだった林さん、そして映写(今はマネジメントも)を担当するスタッフの高橋さんという編成だった。


 途中で社員の層を厚くする意味から、出資の有無にこだわらず社員が認めたメンバーに社員になっていただくようになり、高橋さんも社員となって現在代表理事も務めている。社員それぞれ、仕事を持っているので、実際の運営は現場スタッフ(専従スタッフ)に任せる一方、月に一度の経営会議では社員と林さんが加わり、運営についての議論をしたり、全体的な運営方法を考える。取材でも「社員とは?」と聞かれることが多いが、客観的な目で運営を考える立場と言えるかもしれない。


■書籍を作ろうとしたきっかけは?

 今回の「元町映画館ものがたり」は社員プロジェクトであることから、書籍化の経緯を聞かれた住田は、5周年で今までお世話になった支援者の皆さんに活動報告のような冊子をまとめようという話が出ていたことを語りながら、社員のみなさんが忙しくなかなか実現しなかったこと、さらに映画館の中の人間(社員)が映画館のことをどういう風に書くか、何を書くかが難しく、時が過ぎていったと語る。


そんな中2020年8月に岸野さんの紹介で社員になった映画ライターの江口は、停滞していた出版プロジェクトに「ぜひやらせてほしい」と手を挙げたという。映画館開館時からの観客でもあった江口が執筆、ライティングもしてくれるなら、と当初は冊子ぐらいの想定だったものが、書籍化への道を辿っていくことになる。



■観客からプレスに、そしてコロナ禍で感じた「絶対に書籍として残したい」

 その江口は、2008年、林さんが西宮を中心に行っていた移動上映会nomado kinoのお客さんであったことを告白。そこでの出会いを経て、2010年林さんが仕事を辞め、新しく神戸にできる映画館の映写技師になると知り、開館前にボランティアが集った壁塗りの現場にも立ち会っていた。その後元町映画館開館とほぼ時を同じくして映画専門サイト「シネルフレ」にて映画ライターデビューを果たし、最初は元町映画館の観客だったのが、次第にプレスとして関わり、取材などを通じて新しい関係を築くようになる。


 そんな中、コロナによる初の全国映画館休館という事態を迎えた。映画ライターとして何ができるかを考えながら、日々映画界の動きを追っていた江口は、この100年に一度の出来事に映画館や映画界はどう立ち向かったのかは絶対に記録として残すべきだと思うようになる。元町映画館が再開した日はくしくも一番客としてその現場に立ち会い、書籍でも掲載している写真はその時撮影したものだと説明。それから数ヶ月後の10周年を前に、林さんを取材したとき、これからの10年は「公の場」になっていくことを考えるようにと社員引退宣言をした堀さんから宿題をもらったと聞き、彼女は現状のしんどさはもちろんだが、これからの映画館のあるべき姿を見つめていると実感した。ちょうどそのタイミングで岸野から社員としての参加を打診され、見学として参加した8月の経営会議で最後にのぼった話題が「10周年記念誌」だったと、今回のプロジェクトに参加するまでの道のりを説明。


 さらに元町映画館が各イベントを全て記録しアーカイヴとして残していること、毎日のメールによる日報でその日の問題点を共有していることをあげ、これだけきちんとした記録があれば、2020年2月から営業再開までの期間に何が起こっていたかを書籍に残すことが可能だと判断したことも付け加えた。林さんからは、メール日報は現場スタッフと、現場には関わっていないが経営に携わる社員と情報共有するための当館独自の方法だが、どんどん記載内容が細かくなり、結果的にはスタッフそれぞれの健忘録ともなっていると補足があった。


 一方、岸野は堀さんが引退するタイミングで新しい社員を探すにあたり、江口に白羽の矢を立てた理由として「観客でもあり、映画ライターとして映画のことも知っているので、人材としていいのではないかと思い、お誘いしました。すると、ちょうどそこで本(10周年記念誌)の話があり、これはお任せ!ということで。最初は内輪で配る冊子という話だったけれど、それがだんだんちゃんとした本になり、一般の方に読んでもらえる今回の形になった。この功績はすごいなと思っていて、私もお誘いしてよかったと思っています」。


■書籍化へのハードルは?

 実際に書籍を作るということは、それなりに覚悟の必要なことだが、今回の書籍化にあたりどんなハードルがあったのか。住田は「元町映画館のいいところは、やりたい人がいれば組織で実現させてあげたいという思いがあるところ。江口さんが是非とやってくださるなら、なんとかしてそれを実現できればと思いました。ただ自費出版でお金もかかるので、最初は社員が出し合うことも考えましたが、コロナによる休館時に多くのみなさんからびっくりするぐらい多くの寄付をいただきましたので、少しでも当館のことを知っていただく書籍が作れるのではないかという見通しが立ったのです。そのおかげで金銭面の懸念点がクリアできました」。


 林さんも、いただいたご支援を日々の運営に使わせていただくというだけでいいのかという気持ちを抱いていたことを告白。何か形として皆さんにお見せできるものがあればいいなと考えていたところ、ちょうど出版化の企画が具体化し、そこに使わせていただくことになったとその経緯を明かした。


■「元町映画館ものがたり」で取り上げたかった映画チア部、池谷薫ドキュメンタリー塾、京阪神ミニシアターの連携

 ここで出版にとって重要などこの出版社にするかを決める経緯を住田が説明。

「出版社を決めるところは少し時間がかかりました。どういう本にするかに関わってくるのですが、1つは地元神戸の出版社で映画館のお客さまや地域のみなさんに見ていただくというもの。もう1つは今回のコロナをフィーチャーし、地域や映画業界に関わらず、全国のみなさんに映画館がどのように動いていたのかを知っていただくという2つの選択肢がありました。後者の場合は社員の知り合いで東京の出版社に頼むという案も出ていたのですが、元々江口さんが考えた目次の通り、地域のみなさんやお客さまに第一に見ていただく方がいいと判断し、神戸新聞総合出版センターにお願いすることに決めました」。


 10年の歩みを振り返る内容ではあるが、どの方向から見るのか、どういう切り口をするかでだいぶん内容が変わってくるとしながら、林さんからどこに重点を置こうとしたのかと質問が飛ぶと、江口は元町映画館以外の京阪神ミニシアターにも通っているので、元町映画館ならではの特色ある取り組みをぜひ紹介したいという気持ちがあったことを説明。2015年に同館で誕生した「映画チア部」(今は大阪、京都に支部が広がって映画館を拠点に学生たちが映画宣伝や上映会企画を行っている)や、同館初の講座で、映像プロダクションから劇場公開作(『僕とオトウト』)まで誕生している池谷薫ドキュメンタリー塾(今年はオンラインで開催)を挙げた。そしてもう一つどうしても紹介したかったのが京阪神ミニシアターの連携であり、その過程を入れていこうという狙いもあったと説明。「あとは映画館の“人”です。まだまだ『映画館の前は通りかかったことがあるけれど…』という人が多いので、映画館の中で働く人についてその思いも記すことで親しみを感じてもらえればという思いがありました。特に支配人の林さんには長時間取材をしたので、彼女が元町映画館にたどり着くまでの半生から、どんな気持ちで映画をセレクトしているのか。そういうことが見えれば元町映画館が違った視点で見えるのではないか。あとはコロナで休館した前後の4ヶ月はドキュメンタリー風にとか、最近の出来事まで時系列でまとめたので、書くことに迷いはなかったです」。親にも言っていないようなことまで、こんなこと書く?という自分の恥ずかしいこともたくさん載っているという林さんに江口は「でも、削れって言わなかったですよね?(笑)」



■映画館が出版した本の中でも「お客さんとのつながりをここまで書いている本はない」

 映画館が本を作るのは特別なことなのか?自身も出版経験のある岸野は結構あるとしながら、「ミニシアターは80年代終わりから全国的に生まれてきたけれど、それまでは割と大学で上映会をやっていたり、いろいろな活動の中に映画のあった方が多かったんです。そういう方が、みんなで映画館を作ろうという運動が各地で起こり、そういう方たちがなぜ自分たちは映画館を作ろうとしたのかを書いた本は各ミニシアターが出していると思います」


 上映運動からの流れの本が多い一方で、元町映画館のような映画ファンが作った映画館の本について、岸野は本当に珍しいと断言。「それぞれの思いがあるので作った本人が書いた本も面白いとは思うが、最近出版されている複数のミニシアターを巡った本などは全然深くないのよ。はっきり言って、あまり大したことない。そんなん買うなら、この本を買って!と。やはりここまで深く、映画の観客であるみなさんが映画館をどれぐらい大事に思ってくださっているか、そして映画館の方も観客のみなさんを大事に思っているという相思相愛の、街と人とをつなぐ話として書かれている本はない。ミニシアターを作った方が書かれた本は、自分が頑張ってやったというのはわかるけれど、そこから先のお客さんとのつながりのことをここまで書いている本はないと思います」。住田も「それは江口さんならではの視点。中の人が書いているとどうしても独りよがりになってしまうけれど、お客さんと同じ目線で書いてくださっているので」。極め付けに林さんが「いや、いい本ですよね」と語り、観客からも温かい笑いが。



■装丁家の駒井和彬さん、イラストレーター朝野ペコさんが手がけた、モノとしての本の魅力 

 林さんの声がワントーン上がったのは、書籍の装丁に話が及んだとき。読書家で本をよく購入するという林さんが「こんなに素敵な本ができるなんて、めっちゃうれしくって。デザインと装丁とイラストの力が本当にすごい」と帯をとったときのカバーイラストなどを紹介。元町映画館のスタンプカードやスケジュールチラシを担当してきたイラストレーターの朝野ペコさんに江口が是非にと表紙イラストを依頼。そして朝野さんが神戸gallery Vie絵話塾同期の駒井和彬さん(こまゐ図考室)を紹介してくださり、気心の知れた二人が、自由な発想で映画館の自主出版本の装幀を手がけたのだ。



 この日は朝野さん、駒井さんも劇場に駆けつけてくれ、駒井さんは「今回10周年で出すはずだった記念本だったので、素敵なものにしたいと思い、日頃のブックデザインで出版社とのやりとりではなかなか希望が通らないような特殊加工(スクリーン型の窓を開けるトムソン加工)や、高いインクを買わせてもらい、そういうものも思い切って提案しました。そういうのを取り入れてもらい、さすが思い入れが違うなという感じで、僕も仕上がったものに満足しています」。


 朝野さんは「元町映画館にオープン当初から関わらせていただき、節目節目で大事な部分を任せていただき、書籍の刊行でもすぐに声をかけていただき、私も感慨深いです。10年前、私がまだ何者でもないときにこの映画館にお世話になり、一緒に成長してきた感じがあるので、本当にありがとうございますという気持ちでいます」とご挨拶いただき、観客から大きな拍手が送られた。



■「今日が乗り越えていこうという決意の日になれば」(岸野)
「元町映画館はミニシアターでできることは何かをずっと考えてきた」(住田)
「遠い存在ではなく、みなさんの居場所になるような映画館にしていければ」(江口)

最後に

「最初は3年目ぐらいで潰れるかと思ったけれど、11年目でよう続いたなと。これからの10年もどうなるかわからないけれど、乗り越えていこうという今日は決意の日になればいいかな。本当にがんばったね」(岸野)


「コロナで休館があり、ミニシアターの存在意義をすごく問われた昨年、今年だと思いますが、考えてみれば元町映画館はできたときからミニシアターでできることは何かをずっと考えてやってきたと思うのです。それの答えがこの本に詰まっていると思うので、ぜひ活動の軌跡を見ていただきたいと思います」(住田)


「映画館に全く縁のなかった私が、一年で本を書かせていただき、この場にいるというのは私の中での一つの『元町映画館ものがたり』ですが、今日このトークに参加していただいたみなさんにとっても一つの『元町映画館ものがたり』になるのではないかと思います。10年後に今日観客席にいらっしゃる方が壇上に上がって『あれから10年ですね』と新たな出版記念トークをされているかもしれない。本を書くにあたって元町映画館のことを知ってほしいだけでなく、参加してほしいという気持ちも込めて書きましたので、遠い存在ではなく、みなさんの居場所になるような映画館にもっともっとしていければいいのではないかと思います。今日はありがとうございました」(江口)

と挨拶し、刊行記念トーク1日目を終了した。



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