川内有緒さん、「バウルを探して<完全版>」「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」を語る|「川内有緒さんと、本や映画のはなし」前編


 元町映画館と、「元町映画館ものがたり」を取り扱っていただいている神戸の書店、1003とが合同で企画し3月25日に開催したトークイベント「川内有緒さんと、本や映画のはなし」。「バウルを探して<完全版>」「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」の著者、川内有緒さんをお迎えし、本のことはもちろん、現在準備中の映画のお話、そして1003店主の奥村さんにお越しいただいての映画館トークイベントの話題など、盛りだくさんの内容で1時間半のトークを参加してくださった皆さんにもお楽しみいただけたのではないだろうか。トークの模様を2回にわたってご紹介したい。

前編は、

川内有緒さん、「バウルを探して<完全版>」「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」を語る



■「バウルを探して<完全版>」への道


 前日、担当連載のご取材で来館された元町映画館の印象を、

「映画館の取材自体が初めて。映画は大好きですが、映画館のことや、どんな人がやっておられるのか、その裏側を知らなかったので感動しました。あとでお話しますが、今映画を作っているので、作り手として映画館を見るようになると、こうなっているのかと、本当に色々な意味で映画館を見るようになりましたね」と語ってくださった川内さん。「バウルを探して」は2013年、幻冬舎から単行本として刊行されたが、当時のことを振り返り、

「まだバングラデシュ自体があまり知られていないだけでなく、放浪する歌い手、哲学者と呼ばれる謎めいたバウルを探す旅のノンフィクションなので、とてもマニアック。本当に売れていなかったので担当者と『これ、やばいですよね〜』と言いながら朝方までやけ酒を飲み、でもいい本が書けたからいいやと思っていました。その翌年に第33回新田次郎文学賞を受賞、2016年には運良く文庫化できたのです。


 2年ぐらい経ち、文庫化したら売れて在庫がなくなったので、増刷してもらえるかと思いきや、幻冬舎の編集担当者からもう増刷は難しいと言われ『絶版…、そういうこと?』とすごく悲しくなってしまった。しかも一緒にバングラデシュを旅し、写真を撮った中川彰さんは亡くなられ、この本の写真が最後の仕事になってしまったんです。中川さんの写真を見てもらうチャンスもこの先は本当になくなってしまうと思うと、すごく悲しい気持ちになりました。京都在住の装丁家、矢萩多聞さんに愚痴話を聞いてもらうと、『大丈夫だよ、三輪舎さんがあるじゃない』と、翌日には中岡さんに相談してくれていました」


 矢萩さんに教えてもらった三輪舎は「おそくて、よい本」を標榜するひとり出版社。代表の中岡祐介さんに相談したところ、単行本、文庫本と既に2度出版されている本の再出版で迷っておられたそうだが、最後には「うん、やりましょう」とお返事をいただけたという。

「中川さんの写真を全66点、約100ページにわたって収録することができ、わたし的には中岡さんはよくやってくださったなと。2020年より写真展を全国巡回中で、この4月9日には京都のメリーゴーランド(書店)で、『ベンガル・ソングス バウルとタゴール』展のため在廊しています。よければ是非、来てください!」と呼びかける川内さん。本も写真展も街から街へとつながっているのだ。


 写真をたっぷり収録するというこだわりに加え、装丁を手がけた矢萩さんから100案も送られ、目を通すのが一苦労だったという裏話も。その中から選んだ最終案は列車が写っていた表紙だった。

「でも一緒に選んだ中岡さんから、列車じゃないよねと言われました。この本は心の旅の本だから、列車だと普通の旅の本になってしまうと。悩んだ挙句、矢萩さんに『100案の中には候補がなかったので、また送ってもらえますか?』とお願いし、半ば驚かれながらもまた作ってくれた中の一つが現在の表紙で、心の中に入っていくことを表現しています。この本にはカバーがないのも面白いところ。大きな帯しかないのですが、輸送の途中で本が傷つくことを嫌がられるので普通の出版社ではできない。これも、三輪舎さんだからできた装丁です」



 ここで表紙にスクリーン型のくりぬきのある「元町映画館ものがたり」の表紙もご紹介。装丁を手がけた駒井和彬さん(こまゐ図考室)さんのアイデアで、朝野ペコさんの挿画には、元町映画館林さんの「お客さまが何人か並んでる感じに」というリクエストが反映されているという裏話も。表紙のこだわりの話から、「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」に話が繋がっていく。


■「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」カバー秘話

 念願の佐藤亜紗美さんに装丁を担当していただき、カバー案を検討していたという川内さん。最初はもっとカッコいい表紙案で決まりかけていたというが、ふと考え直したそうだ。

「カッコいい表紙にしてしまうと、カッコいいものを求める人しか本を手にしない。もっといろいろな人が自分ごととして捉えられるような表紙がいいので、イラストにしましょうと提案し、朝野ペコさんに挿画をお願いすることになりました。最初は4色にしていたのですが、コストを考えると箔押しにするならプラス1色しか使えないと言われて。厳しい世界ですよ(笑)でも、今は赤と黒だけで、むしろよかったと思います。こうやりたいという著者側と、コストを抑える編集者側と、カバーの攻防戦は必ず最後にあるんですよね」

 カバーのこだわりは表側だけではない。カバー裏一面に、本文で登場するアート作品が印刷されているのもアートを楽しみこの本ならではの趣向だ。

「裏表紙にプリントしている作品、『ディスリンピック』は、6メートルあるのに、密度がとても濃い木版画の作品です。本編に収録しようとすると10センチぐらいになり、何も見えなくなってしまうので、ずっとどう見せようかと悩んでいました。口絵で観音開きのように広げると長くなるような形を提案しても、コストがかかるとNGで。他にどこかないのかと頭をひねったところ、『そうだ、カバーの裏側ならある!』。苦肉の策ですが、カバーの裏側という意外性もあってとても好評で、読んでいくと途中で出て来ますので、楽しみに読んでください!」



■白鳥さんとの出会いと、本の要素「おしゃべり」

 2019年2月、川内さんの友人、マイティさんの誘いで白鳥さんと3人の美術鑑賞をはじめたときのことから物語が始まるが、では、いつごろ本に書こうと思ったのだろうか?

「10代からの友人、マイティから、目の見えない白鳥さんという人がいるのだけど、一緒にアートを見ると楽しいから行かない?というライトな誘いがありました。実際に美術館でふたりが立って待っているのを見たとき、初めて、どうやって鑑賞するのだろうと思ったんです。最初にどの作品がいい?とマイティに聞かれて選んだのが、フランスの画家、ピエール・ボナールの作品でした。白鳥さんからもお願いしますと言われて、そこで初めて、言葉で伝えるとわかったのです。実際に伝えようとし始めると、それまで以上によく作品を見るようになります。着ている服の色や素材などディテールまで見るようになるのがとても面白い体験でしたし、途中までは『わたしが白鳥さんを助けてあげる』気持ちでいたのが、最終的には『わたしが白鳥さんに作品を見せてもらった』という感謝の気持ちに変わった。そのコペルニクス的転回がとても新鮮だったので、もっと白鳥さんとアートを見たら、どんな世界が見えるだろうか。そんな純粋な興味で、一緒にアートを見はじめました。その時のことを毎回日記に書いてもいましたし、集英社の雑誌『kotoba』の連載案として採用されたので連載(4回)しました」


 そのうちに一冊の本にしたいという想いが芽生えた川内さん。だが、いざ本にするとなると、思った以上に難しかったという。

「目が見えない人とアートを見にいくと言っても、いろんな可能性がありますよね。例えば白鳥さんの人生をフューチャーすることもできるでしょうし。とても難しかったのですが、とにかくみんなで、なんてことのないおしゃべりをたくさんしていたので、途中からこの本はそのおしゃべりをたくさん載せようと。そこでようやく本のイメージができたのですが、書き終わったら一気に自信を失くしてしまいました。読んでいただければわかりますが、意味のある対談とか往復書簡ではなく、与太ばなしの連続で読者の方が怒り出すのではないかと(笑)。恐怖を感じて、出版日の前日から当日への落ち込みが激しかったです」

 

 「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」は出版直後から重版に次ぐ重版で人気を博しているだけに、とても意外なエピソードを披露していただいた。



■偏見に満ちた自分こそ、この本の中に書いていかなくてはいけない

 「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」を人生の必携本と評した林さんは、

「白鳥さんとアートを見るという体験を、すごく飾らない言葉で伝えている本だったので、追体験はできないけれど、川内さんの体験がリアルに伝わる。それが素晴らしかったんです。何かを見るということはどういうことなのか。感じたことを言葉にするのは、どういうことなのか。見たときの感想をTwitterで呟くのではなく、人に伝えるというのはどういうことなのか。この本はアートを見る話ですが、映画を見ることにも通じる話です。

 本で、『白鳥さんと一緒にいると目の解像度が上がる』と表現されていましたが、見えているようで、脳がスルーしていることを拾っていくとか、色々な物を見るときの教科書のような本だと思います。今回、川内さんとご一緒できるのはすごく楽しみでした」

と「見る」「伝える」ことの大事なことが詰まった本の魅力を語った。


 その言葉を受け、白鳥さんと一緒にいると彼が生きている世界、目は見えないけれど見ている世界が、一緒に見えてくるようになってきたと語った川内さん。

「白鳥さんがよく話すのは、小さい頃から祖父母に『障害者だから頑張らないといけない。人一倍努力しないといけない』と言われていたそうです。頑張らなくても本当はいいはずなのに、なぜ健常者のようにしなければいけないのか疑問だったけど、やっとわかるようになったんだよねと。その話を聞いて、障害者の人がそれを乗り越えてできるようになったことに対して感動を覚えていた自分は、感動体験を障害者の人に押し付けていたのかもしれないと気づきました。自分たちはダラダラしているのが日常でも、障害者の人が同じことをしたとき違う反応をしてしまうかもしれない。そう思うと、偏見に満ちた中で自分も生きてきたと感じました。

 そのとき、偏見に満ちた自分こそ、この本の中に書いていかなくてはいけないと思った。だから、白鳥さんの本でもあるけれど、自分自身を振り返る本なのです。いかにそこを包み隠さずに書いていけるか。そこが鍵でした。実際、読んでいただいて居心地の悪さを覚える方もいらっしゃいますが、それでよかったと思っています。差別のことを考えなければ、そんなものはないと思ってしまうけれど、実際にはそこにあり、それを口に出して話すことによって、その輪郭が現れる。口に出さないから偏見がないのではない。そういうことが必ずあるということは、声を大にして言いたいです」


■美術が好きというより、美術館が好きだと語る白鳥さんに共感

 林さんや江口が本で感動したことの一つが、白鳥さんは美術が好きというより、美術館が好きなのだという一節。場所を共有することで体験できることの豊かさは、映画館にも当てはめられるのではないか。ただ、著者の川内さんは、最初白鳥さんが言っている意味がわからなかったと告白する。

「ずっと“美術好き”だと思っていたのだけど、“美術館が好き”とわかったのは、一緒にアートをみるようになってから一年後ぐらいだったんです。ちょうどコロナでリアルの美術館には行けないので、オンラインの美術館ツアーに誘ったら、白鳥さんが『美術館に行かないなら、いいや』と。よくよく話すと、美術は好きだけど、美術館に行く時間が好きだったんですよね。

 わたしが映画館に行くのも、やはり劇場の中に包まれたいという気持ちがあります。昨日も取材でお話しましたが、映画館に行くのは自分が大勢の中のひとりになりたい。自分という存在が消えて、映画と自分だけになれる時間は、本当にかけがえがないし、映画館で観なければだめだと、つくづく思います」



「川内有緒さんと、本や映画のはなし」後編|「新しい試みで書店、映画館、作家の可能性を広げる〜1003店主奥村さん、元町映画館支配人林さんと川内さんのクロストーク」はコチラ


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