「石橋英子さんと良い関係性を築けた上で生まれたのが『悪は存在しない』だった」 【2023−2024濱口竜介監督×元町映画館、年末恒例茶飲みトーク前編】


元町映画館の年内最終上映日となる12月30日の恒例となった濱口竜介監督と元町映画館スタッフとの茶飲みトーク。この日は、2022年に引き続き『ハッピーアワー』満席札止めの大盛況で、『ハッピーアワー』の年末上映を続けていることへの認知の高まりや、『ハッピーアワー』の聖地巡礼的意味合いで、遠方から足を運んでくださるお客さまもいらっしゃり、ミニシアターの観客減が叫ばれた2023年を最高の形で締めくくることができたことに、心から感謝したい。

今年から番組編成を務めるスタッフ石田涼、そして後半は元町映画館代表理事の髙橋勲と元支配人で現在は広報、企画を担当している林未来も加わっての濱口監督×元町映画館のトークを楽しんでいただきたい

 前半は、濱口監督の今年の振り返りからはじまり、『悪は存在しない』『GIFT』にまつわるお話や、『ドライブ・マイ・カー』の石橋英子さんとの音楽制作作業、『偶然と想像』の助監督エピソードまで、幅広く語っていただいた。


(C)2023 NEOPA / Fictive


■音楽家、石橋英子さんからの声がけで誕生した『悪は存在しない』と『GIFT』

――――早速ですが、2023年はどんな一年でしたか?

濱口:2023年は『悪は存在しない』と『GIFT』の2本を撮りました。『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当いただいたミュージシャンの石橋英子さんからライブパフォーマンス用の映像を撮ってほしいと依頼があったことから始まった企画で、23年1月から準備をはじめ、2月に撮影、3〜5月で仕上げ作業をし、その後映画祭に出品しました(『悪は存在しない』はヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞)。その後も国内外での『GIFT』のお披露目があったりして、おかげさまで期せずして充実した一年となりました。


江口:本当におめでとうございます。本作のきっかけを作ってくださったという石橋英子さんは、今年元町映画館で上映したウルリケ・オッティンガー監督特集のパンフレットにも寄稿されていたんですよ。ちなみに『ドライブ・マイ・カー』のときは石橋さんに音楽をつけてもらうにあたり、何かリクエストをしたのですか?


濱口:映画における音楽というのはとても難しく、こちらが言葉でリクエストしてもなかなか意図が伝わらないケースも多いと思います。ただ、石橋さんの場合はすごく作業しやすかったです。というのは、冒頭40分ぐらいある「東京編」を撮り終わった時点で、コロナにより一度撮影が中断したのですが、中断中にデモ音源を40曲ぐらい作ってくださり、「この中でイメージに合うものはありますか?」とこちらの要望を聞いていただく形で、やり取りを始めました。こちらが言葉で「もっと美しく」とか「もっと切なく」とリクエストしてもなかなか伝わらないわけですけど、この方法なら具体として音楽と映像がどうマッチングするか、もしくはどういい塩梅にズレるかを、デモ音源を聞きながら考えることができました。「あとはどのようにしてもらっても構いません」と、石橋さんがこちらに任せてくださいましたし、映像に音源をはめ込んだ後、デモ音源をブラッシュアップし、実際映画でお聞きいただいた楽曲になるわけですが、これがまた素晴らしかった。


江口:数々の音楽賞に輝き、映画の余韻に浸ることができる、素晴らしい音楽でしたね。


濱口:デモ音源に愛着が湧いてしまうケースもあるのですが、石橋さんの場合はそこを超えてくると言うか、ひとつの楽曲として仕上がってくるたびに感じる凄みがありました。『ドライブ・マイ・カー』という映画自体も、石橋さんの音楽がなければ、全く違う印象になっていたでしょう。石橋さんとのコラボレーションが映画にとっても、すごく良かったと思っています。最初は石橋さんに対して、凄い方ですよね…とビビっていたのですが、実際はすごく楽しい方で、良い関係性が築けた上で生まれたのが『悪は存在しない』でした。単純に制作自体がとても楽しかった。


江口:ライブパフォーマンス用の映像に、石橋さんが即興で音楽を奏でるというのは、現代のサイレント映画のような試みでは?


濱口:そう言われるとハードルが上がってしまうのですが(笑)、あくまで石橋さんの音楽とともにある映像、というイメージです。実際、ライブパフォーマンス用の映像『GIFT』が完成し、わたしも何度か石橋さんのパフォーマンスとともに見る機会がありましたが、どんどんパフォーマンスが深化している気がします。いくつかメインになる楽曲は用意されているのですが、ライブパフォーマンスの度に、即興的に変化させていく。毎回、その前に見た時とはかなり違うチャレンジをしておられて。最初から素晴らしかったけれど、映像を音楽で翻訳して膨らませてくれているような、より繊細に感じられる部分がどんどん増えている印象で、今まさに、ライブパフォーマンスを重ねながら育っている感じがします。



■やりたい作品は積極的に配給へアプローチ

――――昨年の茶飲みトークつながりでお話したかったのが、『エドワード・ヤンの恋愛時代』。昨年はトーク取材しかできなかったので、今年はようやく劇場で鑑賞することができました。濱口さんの熱のこもった論評が掲載されているパンフレットも購入しました!

濱口:依頼されたのは4000字でしたが、結局7000字ぐらいになってしまった。切ってもらっても構いませんけれど…とお伝えしましたが、結局全部掲載いただいて。つい長くなるという、そんなことばかりやっています(笑)。


江口:群像劇の登場人物たち、それぞれがうまくいかない問題を抱えながら物語が進行していきますが、最後に希望で終わるのがいいですね。コラムのタイトルも「エドワード・ヤン 希望は反復する」でした。


濱口:エドワード・ヤンは好きだけれど、実のところそのフィルモグラフィの中で、『エドワード・ヤンの恋愛時代』は格別に好きなわけでも、印象に残っていたわけでもありませんでした。でも今、この年齢、この時代で観ると、すごく迫ってくるものがあります。中でも、エドワード・ヤン自身が本当にきつい現状認識でやっていたことが感じられつつも、やはり彼には強い希望やポジティブなものへの執着があって、彼の作品ではそれらが生き延び続けるという印象を持ったので、このような文章になりました。元町映画館では『エドワード・ヤンの恋愛時代』の反応はどうでしたか?


石田:『エドワード・ヤンの〜』は元町映画館ではやっていないですね。シネ・リーブル神戸の上映でした。


濱口:番組編成は、配給と劇場の関係が色々あり、大変ですね。


石田:だいぶんその辺のことがわかるようになってきましたけど、番組編成を始めた当初は分からないので、大変でした。


濱口:分からないフリをして…。


石田:そう、分からないフリをして突っ込んでいくんですよ(笑)。


濱口:そうすれば、こじ開けられるところもあると?


石田:本当にそうです。今年は配給に電話を掛けまくり、それで上映が決まった作品もありました。やりたい作品だからこちらもアプローチするし、そうやって自分から仕掛けて上映が決まると嬉しいですし。まだ2年目ですが、これからも積極的にアプローチしようと思います。


林:石田は情報を入手するのが速いんですよ。


石田:ニュースリリースをネットで調べたり、新作の情報は1日2回チェックしています。メインビジュアルが出てきたら、クレジットから配給を調べ、アプローチできそうかを見ますね。だから『悪は存在しない』の上映オファーをいただいたときは、本当に嬉しかったですね。


林:今回も、(『偶然と想像』製作会社と同じ)NEOPAさんと聞いていたので。ただ、もはや濱口竜介という名前が大きくなりすぎて、元町映画館で上映できるのかなという心配は少しありました。


石田:結構不安でした。わたしからNEOPAの高田さんに連絡しようかと思っていたら、連絡をいただけたので、ホッとしました。大阪、京都はミニシアター2館での上映だそうですが、神戸は元町映画館だけなので、これはもうやるしかないですね。ガッツリ1ヶ月ぐらいやりたいです。


濱口:よろしくお願いします!『ハッピーアワー』が神戸の街に根付いている状況があって、そこに新作をお届けできることを楽しみにしています。ただ自分自身も今までとは違うことをやったので、「ああいうものを観たい」と思って観に来られた場合、その期待通りに行くかは未知数ですが(笑)。フラットな気持ちで観てもらえたら、面白いと思っています。


林:それもまた、新たな面白さの発見につながりますよ。



(C)2021 NEOPA / Fictive


■『偶然と想像』の助監督は、とにかく人柄重視

――――『偶然と想像』の助監督を務めた深田隆之さんの監督作『ナナメのろうか』(元町映画館では2023年公開)をはじめ、2023年はもうひとりの助監督、高野徹さんの中編『マリの話』、同作では制作で、『悪は存在しない』の主演も務めた大美賀均さんの長編『義父養父』と、濱口さんが監督する背中を見ながら、一緒に作品を作った新世代の映像作家たちが続々作品を発表されました。濱口さんは、高野さんや大美賀さんの作品をどうご覧になったのですか?

濱口:まずシンプルに、ふたりとも「こんなにいい監督なのか」という驚きがありました。日頃話しているときは、そんなにシャキッとしているタイプではどちらもないのですが、こんなに秘めたものがあったのかとか、こんなに高い技術を持っているのかと。『ナナメのろうか』の深田さんもそうですが、技術があり、かつ個々に譲れないポイントがあって、これから更にひと化けもふた化けもしそうな可能性を秘めた作家たちだと思っていますし、戦々恐々としていますね。


江口:ちなみに『偶然と想像』の助監督はどのように募集されたのですか?


濱口:高野さんは『ハッピーアワー』の助監督をしてもらったので、『偶然と想像』も一番に声がけしました。深田さんにお願いするときは、エキストラ演出をしていただくことを前提としていたので、過去作品から演出の方法を拝見した上で、オファーしましたね。大前提として今、制作現場は深刻な人手不足で、演出部も制作部もなかなか見つけることが難しい。そんな状況でしたが高野さんに、贅沢を承知でとにかく「人柄のいい人」だけを紹介してもらうようにお願いしました。『偶然と想像』はそれほど演出・制作部的に難易度が高い現場ではないと思われたので、とにかく人柄重視。自分の仕事のために他人を圧迫したりしない人っていうことで、高野さんが紹介してくれたのが、深田さんと大美賀さんでした。


林:現場の雰囲気も良くなりますし、人柄で選ぶのは大事ですね。今おっしゃっていた「現場の難易度」とは?


濱口:通常の撮影現場だと、時には1日に3つぐらい現場を回ることがあり、そうなるとスケジュールで読まなければいけない要素が増えます。例えば、撤収時間もどれだけ撮影現場を広げているかによっても変わるし、誰が先乗りしていないといけないか、とかそのための車の手配とか。更に現場から現場への移動も距離や平日か休日かによってかかる時間が変わるので、スケジュールの組み方からロケーションの選び方まである程度の経験値が必要です。『偶然と想像』はほぼ1日1ロケーションという形で、ときには2〜3日かけて1ロケーションで撮影をしていたので、現場もバラバラにならないし、少人数でコミュニケーションも取りやすい。撮影している裏で何かが進行しているという状況が発生しにくく、発生したとしても限りがあるため、シンプルに俳優のケアや、撮影をしている後ろ側に気を配っておいてもらうことができれば、ちゃんと現場が回っていくはずだとは思っていました。とは言え、演出・制作の皆さんからすれば少人数で、そうは言っても大変という部分が多々あったと思いますが、いわゆる現場の回しの上手い人は求めてはいなかったですね。それよりは俳優の感情を優先してくれる感性を持った人が必要でした。


林:作品によっては、逆に現場の回しが上手い人を必要とする場合もあると?


濱口:そうですね。もっと大きい現場になると、つまり撮影現場以外にも2層、3層のレイヤーで動いている現場だと、全てを把握している人や、各レイヤー内の状況を把握している人が絶対に必要になります。ですから、映画の規模によって助監督や制作部に求められることが全然違う、というのは現実ですね。ただ、自分としては今後も大小問わず、俳優さんへの感情面の配慮を最優先の現場をどうにかつくっていきたいとは思っていますが。


【2023−2024濱口竜介監督×元町映画館、年末恒例茶飲みトーク後編】はコチラ