『PASSION』『THE DEPTHS』の挑戦、映画館を作るという挑戦 8/25映画館と映画作家の10年|濱口竜介/林未来【前編】


 書籍「元町映画館ものがたり」刊行記念RYUSUKE HAMAGUCHI 2008-2010 Works PASSION/THE DEPTHSと題して8月21日より1週間に渡って開催した上映&トークセッション。

 5日目は『PASSION』上映後、書籍でも「ミニシアターと映画制作者が目指すべき未来は?」として林支配人との対談記事を収録している濱口竜介監督が来館。カンヌ国際映画祭脚本賞他4冠受賞作、『ドライブ・マイ・カー』が前週末に公開され、満席スタートというニュースも伝えられ、歓喜の拍手の中濱口監督が登壇した。


 すでに多くの方が『ドライブ・マイ・カー』をご覧になって、この日の『PASSION』をご覧になったということを知り、濱口監督は最初の挨拶で

「神戸には2013年から住み、この元町映画館ともご縁が深くなり、結果このような1週間の上映をさせていただくことになりました。本当にありがとうございます。

カンヌは本当に幸運な受賞で、179分の映画ですが、観ようかと迷っている方も、『(カンヌ受賞作なら)観ようか』と思っていただけるのではないか」とカンヌ受賞の感想を独特のユーモアで表現した。



■映画を好きになるなり方が具体的に書かれている「映画チア部」

 濱口監督がカンヌから帰国後すぐに帯コメントについてやりとりをした司会の江口は、多忙を極めていた濱口監督からコメントをいただいたことに感謝すると同時に、出版のお祝いの言葉までいただき、大変だった校正作業を乗り切れたと告白。さらに、帯で「映画を好きになりたい人必見」という言葉に込めた思いを濱口監督に聞くと、


「学生時代、映画を好きな人に憧れたけれど、どうやったらそんなに好きになれるのかがわからなかった。この本は元町映画館のスタッフの皆さんや、映画チア部という学生の映画を自分で宣伝、上映する活動をする人たちのことが中心に書かれているのですが、読んでいると『こういう風に映画を好きになるのか』というところが、とても具体的に書かれている。映画チア部の座談会とか、すごくいいですね。


 それに、映画館で働く人は、普通受付しか見えませんが、スタッフのライフヒストリーを読むと、実はその裏に多くの人の労働が発生しているというのが見えやすくなるし、その人がどんな人なのか。どういう経緯を経てここ(元町映画館)に立っているのか。それは一つの生き方としてもとても貴重だと思うのです」と説明。観客席にいた映画チア部(神戸本部、大阪支部)のメンバーたちの歓喜の声が聞こえてくるかのようだった。



■2008年 
『PASSION』は黒沢さんが観ることを意識し、原点に戻るつもりで挑む(濱口)
映画館に戻りたいという想いを抱え、西宮近辺のカフェで行っていたnomado kino(林)

 今回の特集上映は、元町映画館の歩みと、映画作家、濱口竜介の歩みを重ねながら振り返るという狙いがあった。この日上映した『PASSION』は濱口監督の東京藝術大学大学院映像研究科の第二期生修了制作として作られているが、

「僕自身も登場人物たちと同じく20代の終わりで、それまでも自主映画の長編や短編を作ってはいた頃でした。ただ東京芸大の場合、監督だけでなく、撮影、照明、美術、録音というスタッフも同じ学生ですし、機材も学生が使って本当にいいの?と思うぐらいに当時は充実していたんです。予算も学校から出ますし、この先、これ以上の規模で撮れる機会はないのではないかとか、ここでやらなければダメになってしまうという気持ちもあり、自分の当時持てるものを詰め込みました。また、自分が好きだけれど近づけなかったジョン・カサヴェテス監督にはまだ及ばないと思っていたけれど、そういう映画を撮りたくて映画を作っているはずだと思い、原点に戻るつもりで挑んだのが『PASSION』だったんです」と当時を振り返った。


 どんどんと本音が溢れ出す同級生たちの恋愛群像劇だが、その中で異彩を放つのが、カホ(河合青葉)が学校でいじめについて生徒たちに語る「内なる暴力/外なる暴力」のシーンだ。

「僕の大学院の担当教員が黒沢清さんだったのですが、2年間ほぼ毎週学校に来られ、僕も大きく影響を受けました。それまでも黒沢さんの映画を拝見していましたが、この期間でまさに“魅せられる”という感じで、映画の作り方が全く変わってしまうような体験でした。それまで自分が作りたかったものはちょっとチャラかったので、恥ずかしいという気持ちもありつつ、卒業制作作品は黒沢さんが観て、評価するので、それはとても意識しました。

ただの恋愛ものではなく、もう少しこの世界自体を描くようにならないかと考えて入れたのが、学校のシーンで、あのシーンが入ることで、後半の見え方が変わってくるのではないかと思います」


 一方、2008年当時の林は「気の向くまま、興味の向くまま転々としていた」と前置きしながら、阪神大震災後映画館がなくなった西宮で、カフェやお店とタッグを組んで上映会活動をするnomado kino(ノマドキノ)について説明。カフェなので定員10名ぐらいの小さな上映会だったが、終了後お客さまと交流をする時間もあり、お店とコラボしたスイーツやドリンクが好評を博したのは、現在のカフェ・クリュさんとのコラボメニューの取り組みにもつながっている。

nomado kinoのお客さまとして林さんと当時出会った江口は、子育て中で十分な自分の時間が取れない中、nomado kino上映会の作品選定や時間、場所がちょうどいい塩梅で、見たことのない作品(チェコアニメ、ジャック・タチなど)に出会う機会になったと回想。SNS黎明期で、カフェに置かれている、林が作った正方形のフライヤーがとても魅力的だったと付け加えた。




■2010年
「『THE DEPTHS』の国際共同製作のエッセンスが『ドライブ・マイ・カー』に」(濱口)
「一から映画館を作ることに立ち会える経験は人生でない」(林)

 特集上映のもう1本の作品、『THE DEPTHS』が生まれた2010年は、元町映画館誕生の年でもあった。最新作の『ドライブ・マイ・カー』につながるものを感じるこの作品について、濱口監督は

「『THE DEPTHS』は、東京藝術大学とコリアンフィルムアカデミーという日韓の国立映画教育機関が提携し、交流する中で、企画コンペがありました。そこで選ばれたのが韓国のプロデューサー、シム・ユンボさんが書いた、日本を舞台にした企画で、プロデューサーが韓国側なので、監督は東京藝術大学側から人材を探すことになったのですが、現役生は2年間映画を作り続けるカリキュラムなので、別の作品を監督する時間を取れない。修了生で興味のある人と声がかかり、小規模ながらも国際共同製作なので面白そうだと参加した作品です。

 自分の中でも結構異色作ですし、こちらも未熟な状態で初の国際共同製作は大変で、コミュニケーションの仕方一つをとってもわからなかった。そういう経験も含めて作品に反映されていますし、大変だったけどやってよかったという実感がありました。その後も映画を作る上で、もう一度国際共同製作的なことをしたいという想いがあり、今回、『ドライブ・マイ・カー』でそういうエッセンスが入っています」


『THE DEPTHS』も『ドライブ・マイ・カー』もセリフより、セリフ以外のニュアンスが非常に印象的な作品だが、

「『PASSION』はひたすらしゃべっている映画ですが、『THE DEPTHS』の方は韓国籍の人がどう話すのかというリアリティーがこちらにはなかったので、その辺は難しいところでした」

 一方、元町映画館開館の2010年、林は1月ごろに新しい映画館を作ろうとしている人がいることを新聞記事で知り、戻りたいと思う劇場がどんどん潰れていく中、一から映画館を作ることに立ち会える経験は人生でないだろうと、ボランティアでもいいからという気持ちで電話をかけたのが、元町映画館のスタッフとして働くきっかけになった。スタッフとボランティアでカーペットを貼ったり、場内の天井や壁を黒塗りした時の様子を語り、開館後も映画館運営に関して素人の3人は奮闘するものの「何ができていて、何ができていないとか足りていないのか誰もわからなかったのが最初の2年間。私たちの余裕のなさがお客さまにも伝わっていて、『大丈夫?』『頑張りや!』とよく言われました」。


「今が未来につながる」特別な作品『ハッピーアワー』から、小規模編成の最新作『偶然と想像』を語る 8/25映画館と映画作家の10年|濱口竜介/林未来【後編】に続く


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