新しい試みで書店、映画館、作家の可能性を広げる〜1003店主奥村さん、元町映画館支配人林さんと川内さんのクロストーク|「川内有緒さんと、本や映画のはなし」後編


 「川内有緒さんと、本や映画のはなし」後編は、いよいよ公開に向けて準備中の映画の話題と、元町映画館に1003奥村さんを招いて開催したトークイベントの話題、そして独立系書店、読者と作家との関係など、文化を提供する場と作り出す作家との関係にもフォーカスしたクロストークの模様をご紹介したい。


■映画撮影のきっかけは「夢の家」

 2020年、新型コロナウィルスの蔓延により、軒並みアート関連施設が閉まり、リアルでの芸術鑑賞を断念せざるをえない中、川内さんが思い出したのは、かねてから大好きだという「夢の家」(新潟県十日町市)だった。無事予約が取れ、白鳥さん、マイティさんと行くことになった時、ふと「あまりにも夢の家が好きなので、映像で残したい」という気持ちが芽生え、大学時代の友人で映像作家の三好大輔さんに撮影をお願いしたのが全ての始まりとなったという。


「THEATRE for ALLというバリアフリーオンラインシアターが、サイト立ち上げにあたり作品を募集しているのを知り、この映像を作品にすればサイトで配信してもらえるのではないかと思いつき、応募したんです。無事採用され、バリアフリー化(音声ガイドの作成)をしていただけるとのことだったので、追加撮影をし、50分の作品を作りました。よく白鳥さんの頭の中はどんな映像が見えているのかと聞かれることがありますが、わたしたちが見えているものとは違うはずで、それを表現する手法としてアニメーションを取り入れました」


 いざ中編の配信が終了した翌朝に、川内さんが共同監督としてその後も撮影、編集に携わった三好さんへ伝えたのが「長編を作ろう」。オンラインシアターだけでなく上映会を行うことで、直接観客から意見を聞くことができたのはとても貴重な体験になったという川内さん。ただ50分だと物足りなかった。


「やはり一定の枠組みの中で作ったので、やりきれていなかった部分もありました。また、小津安二郎が脚本を執筆していた場所としても知られる茅ヶ崎館で『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』の最終章を書き終えた時、マイティから白鳥さんが撮りためていた写真をはじまりの美術館で展示されることが決まったという知らせをもらったのです。2020年3月に書き終え、4月に『空をゆく巨人』でお世話になったいわき回廊美術館へお花見に行った帰りに、三好さんと中編映画の打ち上げを兼ねて白鳥さんがいる水戸へ足を運びました。写真展の話になり、白鳥さんから相談に乗ってほしいと言われたので一泊して翌日再集合し、作戦会議をしたんです。カメラを持っていた三好さんがその場を撮影してくれたことから、長編に向けての再撮影がスタートしました」


 中編から長編へ。もちろん、ただ追加撮影分を後ろにくっつけるだけではなく、再構成が必要になる。覚悟はしていたものの、「長さは2倍でも大変さは20倍だった」と川内さんは力を込めた。特に大変だったのは編集。膨大な素材と向き合い、無限な可能性のある編集作業を行い、映像の大変さを痛感したという。2分のシーンを作るのに1日かかることもしばしば。ようやく編集が決まったほやほやの映像を事前に視聴していた林さんは、

「本と映画のトーンが同じように感じたので、最初は本そのままだと思ったけれど、よくよく考えてみると結構違う部分もある。この本は白鳥さんとアートを見にいくことについての本で、そこでどんな体験が生まれるのかを川内さんの素直な体験で示しています。一方、映画は白鳥さんの映画です。本は川内さんのお人柄がとても文章に現れているので、すごく親しみを持てる。だから本を読んでから映画を観ると、『あー、白鳥さん!』と出会えてうれしい気持ちになるんです。本から受ける白鳥さんの印象そのままに、映像ならではの驚きもありました。テーマの軸が違うことで、本と映画のお互いが補完しあう存在ですね」

と感想をコメント。


 川内さんも、映像でできることと本でできることが違うことを実感したという。本はどうしても自分のフィルターがかかり、白鳥さんが言わない気持ちも「きっとこう考えていたのではないか」と推測して書き込むことができるが、映像は映っているものが全てとその違いを表現。「あの時撮っていれば…」と後悔することもある一方で、ずっとカメラを回していた三好さんの撮影した素材から発見することも多かったと、終わったばかりの編集作業を振り返ってくださった。林さんの「元町映画館でもぜひ上映したい」宣言も飛び出し、映画の完成と公開を、ご参加いただいた皆さんも心待ちにしてくださっていることだろう。



■書店主が映画館で本を勧めるブックガイドイベント

 後半は1003店主の奥村さんにご登壇いただいてのクロストークに。コロナ下の状態が続く中、街の文化発信地ともいえる書店と映画館の新しい取り組みとして、林さんと奥村さんにお話いただいたのが、3月14日に元町映画館で開催した「映画と本から女性の生き方を考える」だ。

「以前、奥村さんに激推しされて購入した岡田育さんの『我は、おばさん』を読んでいたら、現在上映中の『三度目の、正直』(4月1日で上映終了)の主人公、春に読ませてあげたい!とすごく思ったんです。それがきっかけで、映画の登場人物たちに、この本を勧めたいというイベントをやってみませんかと奥村さんに持ちかけ、登壇していただきました。ちょうど1003さんで“WOMEN’S READING MARCH”というブックイベントを開催されていたタイミングで、女性の生きづらさが描かれている作品なので、5冊ぐらい本をご紹介いただきました。春だけでなく、春の弟の毅へ『これを読みたまえ』みたいな本もご紹介いただき、盛り上がりましたね」(林さん)


「本のタイトルが直球なのですが(笑)、毅には『良かれと思ってやったのに: 男たちの「失敗学」入門』をお勧めしました。男性がやったことに対して、女性はどう受け止めているのかを男性の著者が書いているので、責め立てるような本ではなく、お互いの頭の中の違いを解説しているところが面白かったですね。日頃は人前でしゃべるのは苦手なのですが、このトークイベントの話を持ってこられた時に、合わせて翌週の映画館でのトークの話をいただいたので、考えすぎることもなく当日を迎え、やってみてわたし自身も面白かったです」(奥村さん)


「映画を入り口にしたブックガイドイベントとして連続して開催できたら」と展望を明かす林さん。映画を観に来られたお客様も本の紹介にすごく興味を持ってくださった手応えを感じたという。川内さんからも「それ自体で本になりそうですね。また元町映画館で本が作れそう」と思わぬエールをいただいた。



■独立系書店や読者に支えられて

 日頃から書店に足を運んでいる本好きの林さんは、独立系書店が増えることによって、街に住んでいる者と書店との関係性が変わってきた印象を受けているという。一方、1003をオープンする前は大学図書館の司書で、書店勤務経験がなかったという奥村さんは、

「お店を営んでいるとお客様が来てくださるだけでなく、川内さんのように作家さんや編集者さんが来てくださる。店を開けていると来てくれるという出会い方は図書館時代にはなかったので新鮮でした」


 ちなみに川内さんに1003さんを訪れた印象を聞いてみたところ、ビルの5階という立地に驚いたと言われ、逆にレトロビルディングに様々な店が居を構える神戸らしい書店であることを、ご来場のみなさんと共に再認識。わざわざ買いに来るイメージを持たれたそうだ。一昨年末に2階の前店舗から現店舗に移転した奥村さんは、

「2階だったけれど、階段が狭く、足の不自由な方やベビーカーでのお客様には不便な場所でした。5階ですがエレベーターで来れるようになったので、逆にお客様は来やすくなったと言ってもらえます。また神戸は雑居ビルに入っているお店が多いので、上層階でも臆せずに入っていく文化があり、5階でもいけるのではという目算がありました」


 各地の独立系の書店に支えていただいたという川内さん。全国の書店を巡るきっかけは「空をゆく巨人」がきっかけだった。

「この本を日本全国に届けたいという気持ちが芽生え、いろいろな本屋さんに連絡をして、たくさんのつながりができました。一度そういうことをする人だとわかってもらえれば、本屋さんの方からも来てくださいという連絡がどんどん寄せられるようになり、それが財産になる。そして本屋さんの先にいらっしゃる読者の方ともつながるのです。本を書くのはとても孤独な作業で、本当に自分に向いているのかと思うことがあるのですが、わたしの本を売って、読んでくださる人がいるというのは大きな支えになっています。今日も書こうと思えるのは、読んでくださる方がいるからなんですよね」



■本を書く時点でLOVEは始まっている

 「空をゆく巨人」の志賀忠重さんや、「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」の白鳥建二さんなど、読み終わったら会いたくなるような筆致も川内さんの大きな魅力だ。林さんも「今、白鳥さんLOVEなんです」と、もはや映画が公開された後の舞台挨拶(もちろん白鳥さんご来場で!)を楽しみにしている様子。川内さんは、

「書く対象の方を好きになるパターンが多く、その人をあまり傷つけるようなことは書きたくない。よく取材をしている途中に、思っていた人と違うと感じたことはないかと聞かれますが、結論としてはないです。本を書くのはとてもディープなプロセスがあり、書く前に何十時間と話をし、ある程度ゆるぎないものを感じた時に初めて、この人のことを書こうと思える。こういう事柄や人を書きたいという取材ありきで本を書いてはいないので、書いている時点でLOVEは始まっています。また、いい人だったけど違う面を見てしまってガッカリするのは、自分が思ういい人像を押し付けているにすぎないわけで、人間の複雑さをそのまま受け止められる人になりたいという願望があります。だから、どんな人でも『こんな一面を知ることができてよかった』と思うし、本に書かせていただいた人たちとはずっといい関係でいます」



■簡単には流されない白鳥さん、そこがいい

 1時間半に渡るトークの最後に、今回書籍と映画でフューチャーされることになった白鳥さんご自身が、これらのことをどう思っておられるのかを聞いてみた。その場にいることを楽しみ、感じ方が実にフラットな印象を受ける白鳥さんは、川内さんが共に受けたインタビューでもクールな一面を見せていたという。

「白鳥さんは簡単には流されない人ですし、取材など増えているようですが、本が出たからといって舞い上がって変わっていくということはありません。ただ、本は30回ぐらい読んでくださったそうで、自分がぼんやり考えていたことが形になり、自分の生き方を初めて確認できたと言っていました。

 白鳥さんは、前職のマッサージ師を辞め、これから何をしていこうか考えていたタイミングでわたしと出会ったそうで、わたしが本に書くことで自分の人生を改めて肯定できたと、感謝の言葉を伝えてくれました。ただ映画に関しては、まあまあどうでもいいみたいで(笑)感想を聞いても、『まあ、いいんじゃない?ノーコメント』と。 

 最後に真面目な話をすると、マイノリティの方は面白い話をする人や個性的な人が取り上げられる傾向にありますが、白鳥さんは無理して面白い話はしない。そこがいいと思います。感情をそんなに表には出しませんが、喜んでいるときはわかります。幸せそうな顔をしていますから」

(江口由美)


 ご参加いただいた皆さま、どうもありがとうございました。そしてご登壇いただいた川内有緒さん、本当にありがとうございました。質問コーナーやサイン会などで川内さんと交流を重ねていただき、まん延防止等重点措置の終了直後の金曜を本が好きなみなさんと共に過ごせた喜びをあらためて噛み締めるイベントになりました。

※川内さんと奥村さん、そして「元町映画館ものがたり」チーム



「川内有緒さんと、本や映画のはなし」前編|川内有緒さん、「バウルを探して<完全版>」「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」を語る はコチラ


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