【2022−2023濱口竜介監督×元町映画館、年末恒例茶飲みトーク前編】アカデミー賞とそれから
あけましておめでとうございます。今年も元町映画館をよろしくお願いいたします。
元町映画館の年内最終上映日となる2022年12月30日、『ハッピーアワー』上映後に、毎年恒例の濱口竜介監督を含む総勢キャスト、スタッフたちの舞台挨拶を行った。
2021年8月に刊行した「元町映画館ものがたり」収録用として濱口監督と林支配人の対談を行ったのをきっかけに、2021年も引き続き舞台挨拶前にトークを開催。3回目となる2022年は「茶飲みトーク」と題して、元町映画館の林と代表理事の高橋、江口の4人でのトークを開催した。
2022年10月から2ヶ月に渡り、林の長期入院があったため、12月30日に例年通り顔を揃えてトークをできる喜びが押し寄せ、話に夢中になったあまり、写真を撮り損ねてしまった(痛恨…)が、激動の一年となった濱口監督×元町映画館のトークを楽しんでいただきたい(写真は舞台挨拶より)。
前編は濱口監督の「アカデミー賞とそれから」をお届けする。
■アカデミー賞イヤーを終えて
――――2022年の抱負は「休む!」とおっしゃっていましたが、どんな一年でしたか?(江口)
濱口:大まかに言えば、休んだかなと思います。
江口:アカデミー賞といえば、WOWOWの生中継で濱口さんの受賞の瞬間を拝見しましたが、初めてのアカデミー賞参加と受賞はいかがでしたか?
濱口:大変ありがたいことだと思いますが、まあ、疲れました(笑)。兎に角、目まぐるしかったです。アカデミー賞以前からの『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』を交互にプロモーションするような流れもあって。
高橋:海外の映画祭でスターと一緒に登壇されている濱口さんを目にする機会も多かったですね。ロンドンで時差ぼけの濱口さんが登壇されたとき、俳優のレア・セドゥさんがプレゼンターで登場し、ジョークで「時差ぼけが覚めました」とおっしゃいましたね。
濱口:言いました!レア・セドゥさんが登壇され、「あーっつ!」と思って。
――――通常の映画祭だと参加した映画人たちの交流が、次の作品や将来的なコラボレーションに繋がったりしますが、アカデミー賞の場合は?(江口)
濱口:授賞式までの間にランチやディナーを共にさせていただく機会はありましたが、基本的に同じ部門にノミネートされた同業者となので、コラボレーションというわけにはいかないかもしれませんね。同業者と言っていいかわかりませんが。スティーヴン・スピルバーグ監督や、ポール・トーマス・アンダーソン監督と同じテーブルでご飯を食べても「なんで、自分はここにいるのだろう」という感覚が常にありましたね。もちろん、素晴らしい体験ではあるのですが。
林:「俺もようやくこの場に来たか!」ではなく、「なんで、俺はここにいるんだ…」という感じなんですね。
濱口:アカデミー賞の参加は全くの予想外で、心の準備ができていなかったです。
江口:後々、喜びが押し寄せるとか?
濱口:スタッフやキャストが喜んでくれて良かったとつくづく思います。ただ、受賞の実感というのは疲れ以外には未だにあまりないですね。
高橋:アカデミー賞を受賞した『カサブランカ』と同じ系列に入るわけですから、受賞したその時は実感が湧かなくてもすごいことだと思いますよ。
濱口:『パラサイト』以降の時代の流れのおかげもあったのは感じますね。この年末に至ると「あれ、『ドライブ・マイ・カー』って、今年でしたっけ?」と言われることも増えました。まあ自分もそんな感覚ではあるんですけれども。実際、リリースは昨年ですし。
■自分で撮るという精神性の原点、『永遠に君を愛す』
――――2022年前半は濱口さんの特集上映「言葉と乗り物」が全国のミニシアターで開催され、久しぶりに『永遠に君を愛す』を鑑賞しました。『PASSION』の翌年の作品で中編のため、あまり言及されることはありませんが、改めてすごく面白い作品ですね。(江口)
濱口:『PASSION』は大学時代に映画研究会に入って映画をつくり始めてから10年ぐらい経った時期の作品で、大学院の修了制作として当時の自分の集大成としてつくったし、色々と評価も得られたので、そこから商業映画にスムーズに行けるのかしらと思っていたら、そうもならなかったんですね。それでも、映画を作らないことも、あまり良くない気がして、大学院の先輩である渡辺裕子さんに脚本を書いていただきました。他の人が書いた脚本で映画を撮ることにチャレンジした作品で、この作品が直接的に次の何かに繋がったわけではないけれど、「そういうときは自分で撮る」という精神はすごく大事だなと実感しました。その先に今があるということを折に触れて思います。『ドライブ・マイ・カー』を撮った後、ある程度自分の中で軸を持って、次のことをやらなくてはいけないと思う現在、『永遠に君を愛す』は思い出す作品でもありますね。
江口:なるほど。実は、今年度から甲南女子大学文学部メディア表現学科で林が担当していた講義、「映画宣伝ワークショップ」をわたしが引き継いで担当しているのですが、講義内で作品鑑賞&ディスカッションを行うこともあり、中編映画を次年度に向けて探しているところなので、60分という尺も魅力的でした。
濱口:60分程度というのは実は、すごくいい尺なんじゃないかと思うんですよね。リスクやコストが少なくつくれるし、一方でこのぐらいの尺で映画館で上映してもらっているケースもよく見かけますし。自分の知っている若い人たちにも、それぐらいの尺でつくっている人が結構いて、僕も進行中のものを何本か見せてもらったんですが、かなり面白いので、期待していただきたいですね。
江口:それは、持ってこいですね。是非、拝見します!
濱口:僕も今、新しいお題に取り組んでいるところで、案外これぐらいの尺のものに落ち着くかもしれません。何であれ、今の自分に必要だと思うことをまずやっていきたいです。
■作品を作る過程で、何かを変えている
――――濱口さんは学生たちに教えることはされないのですか?(江口)
濱口:いくつかレクチャーやワークショップをやった経験がありますけど、今はまだ「教える」という方向にはあまり気持ちが向かないというのは正直なところですね。やるならちゃんと取り組みたいという思いもありますし、ひとまずは制作に軸足を置く感じかなと。
江口:学校で教えることはされなくても、濱口さんが演出している背中を見続けることで、学ぶというケースもあるのではないですか。『偶然と想像』で助監督を務め、2022年に『ある惑星の韻文』、『ななめのろうか』を公開した深田隆之監督にインタビューした際、濱口監督から受けた影響を聞いたところ、「演出家である濱口さんと俳優の皆さんがきちんと時間を重ね、信頼関係を築くという繊細なプロセスの方が重要で、それが現場に良い影響を与えていたという感覚がありました。創作には時間をかけることが重要で、何かを作るときに時間をかけなければ真にいいものはできないということを学びました(シネマジカル)」と語っておられました。結果、1週間の撮影の前に、1週間リハーサルの時間を取ったそうです。
林:濱口さんご本人が意識していなくても、作品を作っている過程で何かを変えていっていることもあるということですね。生きているだけで何かを変えていると。
■エドワード・ヤンに導かれた『ハッピーアワー』
――――話は変わりますが、昨年開催された東京国際映画祭で、濱口さんが登壇した『エドワード・ヤンの恋愛時代』トークを取材したのですが、お話を聞いていると、同作と『ハッピーアワー』は結構似た要素があるのではないかと感じました。(江口)
濱口:エドワード・ヤンは、ずっと心の中にいる作家ですから。自分のみならず『ハッピーアワー』では、共同脚本の野原位さんや高橋知由さんと一緒に生活しながら、どういう映画にしたいかと話し合っていました。そのとき、エドワード・ヤンの『牯嶺街少年殺人事件』は共通して出たタイトルですね。なので、エドワード・ヤンを見て『ハッピーアワー』を思い出していただける、というのはありがたいです。
江口:『エドワード・ヤンの恋愛時代』の原題は『独立時代』で、主人公たちが色々な葛藤を経て、最後に自分の時間を回復していくところも、『ハッピーアワー』と重なります。
濱口:そうかもしれませんね。ただ、『ハッピーアワー』と重なるように僕自身が感じるようになったのは、実は最近なんです。『PASSION』を作ったときに、去っていった恋人が戻ってくるというラストが『エドワード・ヤンの恋愛時代』に似ていると言われたことがあり、意図的ではなかったのでかえってその類似が嬉しくもありました。でもその当時は邦題に引っ張られて、どちらかといえば「恋愛」の要素に目がいっていました。『ハッピーアワー』を経て、ようやく「独立」の話なのかと、きちんと見えてきた気がします。
(江口由美)
『永遠に君を愛す』©2009 fictive
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