【2021−2022濱口竜介監督×林支配人対談後編】『三度目の、正直』のすごさと、映画館のあるべき姿を描くために必要なこと


 後編は、改めて2021年を振り返りつつ、2022年1月から東京公開がスタートする『三度目の、正直』について語り合っていただいた。さらに、2022年をどんな年にしていきたいか、駆け抜けた2021年の終わりに、おふたりの抱負を伺った。


■1年間の実感を削られた2021年

濱口:ところで、2020年はいかがでしたか?


林:2020年は初めてのコロナで、1ヶ月半休館するなんて異常事態ですし、本当にいろいろあったなと思ったのですが、2021年は本当にわたしのなかで失われています。10月に入ったあたりで、「9月って、あった?」とか、この年末まできて「2021年ってあった?」というぐらい。コロナの不安がずっとありつつも、大きく動員が下がったり上がったりすることもない低空飛行がずっと続いている感じが、そういう印象をもたらしているのかもしれません。ただ、今年の夏は今までで一番忙しかったんです。10周年企画が、コロナによる延期により11周年で花開いたので、それ以外の記憶はないですね。


濱口:緊張感や不安感がずっとあったということですか?


林:むしろ全てがどんよりとした雲に覆われて見えないという感じでしょうか。


濱口:『ハッピーアワー』のオープニングみたいですね。これから先が見えなくて、どうなるんだ!?みたいな。


林:1年間過ごしたという実感や手ごたえがなかったですね。でも濱口さんは今年、本当に忙しかったでしょう?


濱口:わたしも正直、同じような感じで、特に後半は気がついたら2021年が終わった…。賞をいただいたことの反響が大きく、普段は映画を作ったらリリースは配給や宣伝会社の方にお任せして自分は次のことをやればいいのですが、プロモーションをはじめ様々なことが国内だけでなく、オンラインが普及したため海外にも及び、取材をトータルで何百件も受け、まあ、疲れました。とてもありがたい年でしたが、疲弊する年であったのも確かです。


林:ただ興行側から言えば、パブリシティのボリュームが大事なところなんですよね(笑)。


濱口:そうですね。10本取材を受けて、1本お客さんの目に触れるかどうかですから。


――――12月に入り、オミクロン株の拡大を受けて再び水際対策が強化されましたが、そんな中、カンヌをはじめ、釜山など海外の映画祭にリアルで参加することができたのはタイミングが良かったとも言えますね。

濱口:ベルリンやカンヌは観客を入れるパブリックなものは延期して開催していますし、映画祭側の苦労や知恵もあると思います。ただ、4回海外映画祭に参加したので、結果として帰国後の隔離期間が通算2ヶ月にもなりました。


林:そういうことで1年間という実感がどんどん削られ、気づいたら終わるということなんですよね。


濱口:確かに1年という時間が削られている実感はあったかもしれません。



■『三度目の、正直』は「ごろっと人生の塊が映っている」

――――いよいよ『ハッピーアワー』共同脚本、野原位さんの劇場デビュー作『三度目の、正直』が2022年1月に東京公開されますが、濱口さんがご覧になっての感想は?

濱口:何よりもまず、羨ましいなと思いましたね。作っている過程の話も聞いていたので、『ハッピーアワー』の作り方と多少近いんです。撮りながら変えていったり、違うと思ったらやり直したり、撮影期間も数ヶ月間と日本映画の常識からすれば、はるかに長い。「よくもう一回あんなことをやるな」というのが正直なところです。


林:と言うと?


濱口:『ハッピーアワー』は低予算ではあるけれど、撮影は自分の制作の中で再現することがなかなかできないような贅沢なものだという感覚があります。一方で、メチャクチャ自分の精神を削られるものでもありました。コントロール不能な渦の中に飛び込んで映画を掴み取るような制作プロセスです。その大変さをわかった上で再度飛び込むのは間違いなく勇気が要ることです。でも、完成すれば見るべきものになることは間違いない。野原さんはそれをちゃんと貫徹し、映画に仕上げた。そういう作り方をした時に、通常の映画とは違う手触りの作品が出来上がり、そこに容易くは折れないような太い芯のようなものがある。すごい映画だと思っています。



林:『ハッピーアワー』は、30代女性のパートナーとの関係性を描いていましたが、『三度目の、正直』では40代女性とそのパートナーに加え、子どもが大きなテーマになっていて、わたしたちのトピックではないかと思いましたね。子どもがいないのにもいろいろあって、わたしは単に気づけばこの年だったという感じなのですが、たくさん考えさせられるし、わかるところもあれば、わからないところもある。『ハッピーアワー』で観た次の段階の、女性にとって大きなトピックが来たなと。これは、ただ上映するだけでいいものか。誰かと話をしたいけれど、繊細なトピックだから話をしてくれる人っているのかなとか。同世代の女性たちと共有をして、いろいろな話をしたいです。


濱口:単に制作者に話を聞くだけではなく、観た人がどう思ったかの話をたくさんしてほしい映画です。


林:『ハッピーアワー』も他の人と話したくなることがすごくある映画ですが、『三度目の、正直』もすごくそういう部分がありますね。


濱口:説明なしに、ごろっと人生の塊が映っている。それがいくつも転がっていて、どれかにぶち当たってしまう。既存の映画に近づける必要はないけれど、ジョン・カサヴェテスが描いていた映画にこんなに近い映画を観たことはない。単純に嫉妬をするところはありました。


林:わたしはあまり思い悩むタイプではないのですが、意外と子どもを持つことに対する隠れた欲望があるのではないかとか、自分の中の何かを引き摺り出されるところがあるんですよね。怖いですね、野原位は(笑)。もしくは川村りらさんかもしれませんね。主演、脚本をされているので。



――――今年は元町映画館10周年記念映画『きょう、映画館に行かない?』公開記念の特集上映「元町映画館と映画作家たちの10年ちょっと。」で野原さんの東京藝術大学大学院卒業制作作品『Elephant Love』を関西初上映しました。いしだ壱成さんが気の多い主人公を自然に演じていましたが、『三度目の、正直』でもダメ男が何人か登場し、野原さんはそういう男たちをどこか愛嬌を乗せて描くのが上手なのではと思ったりしたのですが。

濱口:そうですね。『Elephant Love』は高木幹也さん、『三度目の、正直』は川村りらさんと野原さんの共同脚本で、男性の描き方も違う気がします。『Elephant Love』の方が、「世界が男に優しい」という気がしなくもない。『三度目の、正直』の男性たちに悪気のないのは明らかだけど、その人らしく生きているだけで、周囲にある種の苦しみが生まれる。その描き方は上手いというより、ただただありのまま、という気がする。いいとか悪いとか、その人を判断しようとしている気配が全くない。作った人たちの人間に対する、この上ない寛容さを感じますね。



■2022年は自分のペースを取り戻す(濱口)
映画館のあり方をちょっと考え直すため、マイ働き方改革(林)

―――ありがとうございました。最後に、2022年の抱負は?

濱口:2022年は休みます。自分のペースを取り戻し、自分がやりたいことをやる時間をきちんと作り直さなければいけないなと思っています。


林:ここ2〜3年は駆け足的な印象がありますね。


濱口:2020年は映画を作っているというごくシンプルな状況で、それは忙しいけれど理解できるし、やっていることの意味もわかる。2022年は自分がどういうことをしたかったかを、もう少し落ち着いて考えてみたい。林さんはどうですか?


林:私は今、逗子の海にやる気を流してしまったんです。


濱口:横浜で何があったんですか!?



林:横浜シネマネットワーク実行委員会からのお声がけで、12月19日、20日に横浜シネマ・ジャック&ベティ、12月26日に大阪シネ・ヌーヴォでそれぞれの地域で生まれた映画を上映し、トークショーを開催。濱口さんには20日『ハッピーアワー』の上映後のトークにリモートで登壇していただきました。横浜滞在の空き時間に、実行委員会の皆さんが、神奈川県内のミニシアターを周るツアーを組んでくださり、いろいろなところに行ってきたのですが、逗子のシネマアミーゴさんに行ってお話を伺うと、自分が映画館を運営するにあたりすごく視野が狭くなっていたことに気づかされたんです。映画館というスペースを、1日全て映画で埋める必要がある訳ではないとか。


濱口:映画館をひとつのスペースとして考えるということですか?


林:コロナ後に、もっと地域との関わりや、わたしたちの目指す公共性を獲得するためにどう開かれていくべきかを考えたとき、その理想がシネマアミーゴさんでは実践されていると思い、感銘を受けました。有限のスペースの使い方をいろいろと考えたとき、映画で埋め尽くさなくてもいいのではないかと。シネマアミーゴさんは興行場ではなくカフェシアターなので、そのようにもっと自由な場所になってもいいと思います。それに対して「映画館ではない!」という反発を招く恐れもありますが、もう少し場所としてのあり方を、コロナを経て更新していくべきではないかと思っています。

やはり、今はコロナ前と比べて売り上げが7割ぐらいに留まっているし、失った観客はそう簡単には戻ってこない。また戻ってくるかもわからない。それが続くとすごくしんどくなってしまうので、もっときちんと考えなければいけない。だからシネマアミーゴさんに出会った体験を自分の中で熟成し、アウトプットできるまで、私を冬眠させてほしいんです。


濱口:一緒に休みましょうか(笑)


林:目の前の仕事で手一杯で、毎日目の前の仕事をこなすということは、その状態を維持するしかない。だから、映画館をこれからどうしていくかという大きな絵を描くことができない。でも、本当はその大きな絵を描くことが支配人の役割ではないか。日常業務だけで日々過ぎていく状態でいいのだろうかと、根本的な支配人の役割を考え直しました。シネマアミーゴの中島正さんは、すごく風通しの良い方で、フットワークも軽いんです。中島さんは顔をあげて世界を見ているけれど、私はいつも目の前ばかり見ていることに気づいてしまった。自分の仕事のやり方、映画館のあり方をちょっと考え直したいと思っていますが、大きな絵を描くには日々の業務の隙間では考えられない。それではダメじゃない?という、マイ働き方改革を2022年にはやります!

(江口由美)


【2021−2022濱口竜介監督×林支配人対談前編】『ハッピーアワー』以来の上映作、『偶然と想像』で感じた“初めて”とは? はコチラ


『三度目の、正直』(2021年 日本 112分)

監督・編集・脚本:野原位 脚本:川村りら

出演:川村りら、小林勝行、出村弘美、川村知、田辺泰信、謝花喜天、福永祥子、影吉紗都、三浦博之

2022年1月22日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

※元町映画館では3月12日(土)より3週間、関西先行上映!