【2021−2022濱口竜介監督×林支配人対談前編】『ハッピーアワー』以来の上映作、『偶然と想像』で感じた“初めて”とは?


 新型コロナウィルスに襲われた2020年元町映画館最終営業日、『ハッピーアワー』5周年記念上映前に濱口竜介監督と林支配人の対談を収録してから早一年が経った。このとき収録した対談を掲載した「元町映画館ものがたり」刊行時には、刊行記念特集上映「RYUSUKE HAMAGUCHI 2008-2010 Works PASSION/THE DEPTHS」を1週間に渡り開催。濱口監督にはゲストとして来館いただき、多くの観客に過去代表作をご覧いただいた2021年となった。

 8月公開の『ドライブ・マイ・カー』は2022年1月現在、再上映が行われており、アカデミー賞の受賞にも大きな期待が寄せられている。そして『ハッピーアワー』以来となる『偶然と想像』が12月18日に元町映画館で上映スタートし、大ヒットを記録した。2月から3月にかけては「濱口竜介監督特集上映 言葉と乗り物」も控えている。

多忙を極めた一年を締めくくる『ハッピーアワー』舞台挨拶が行われた2021年12月30日。濱口監督が前日ゲスト来場したjig theaterで託されたというお客様からの差し入れのお団子をみんなでいただきながら、濱口監督と林支配人に一年を振り返っていただいた。



■劇場公開と同時のオンライン配信にチャレンジした『偶然と想像』

――――2020年最終営業日となった12月30日の『ハッピーアワー』舞台挨拶で、鵜飼役の柴田修兵さんが「来年は鳥取に移住し、県内初のミニシアターを立ち上げる」とおっしゃっていましたが、この7月、見事jig theater(ジグシアター)をオープンされました。当初から柴田さんとオンライントークをされていましたが、『偶然と想像』のトークショーで昨日ついに現地を訪れたそうですね。どんな感じでしたか?

濱口:昨日のトークは30席強が満席で、大雪が降ったので防寒対策も万全にしていました。元小学校の建物内部の広いスペースを使っているのですが、映写も音響も一般の劇場と変わらないクオリティーで、とてもいい劇場でした。jig theaterの中に、汽水空港(鳥取の文化的精神的拠点となっている書店)の分店があり、そこで書籍「カメラの前で演じること」もたくさん売り上げていただきました。


――――汽水空港の店主、モリテツヤさんは半農半本屋を実践されている地域のキーパーソンで、柴田さんもモリさんがいたから移住したとおっしゃっているそうですね。

濱口:モリさんと話がしたくて来店される方も多いそうで、ついに喫茶スペースを作ってコーヒーを出しておられるそうです。

林:そうやって、必要に応じて広げていくのはいいですよね。今年3月にKIITOで開催された神戸スタディーズ #8「まちで映画が生まれる時」のアーカイブ動画をご覧になって非常に感銘を受けたお客様が「元町映画館ものがたり」のことを知ってくださり、オンラインで買ってくださることもあったのですが、当館もオンライントークを活用しようと今年取り組んできたものの、なかなか難しかったですね。


――――『偶然と想像』はまさに、リアルとオンラインのハイブリッド型ですが、最初から想定していたのですか?

濱口:比較的最初の方からですね。プロデューサーの高田聡さんとわたしの間だけで生まれたようなところがあり、すでに海外でも公開されていて、受賞の効果もあり国内マーケットにそこまで比重を置かなくても制作費を回収できるだろうという見込みがありました。そういう場合、国内で今後にとって有意義な実験がないかと考え、同時配信に取り組んでみました。現状で、各劇場への分配は雀の涙ぐらいかもしれませんが、配信の売上が劇場に配分されるというその仕組と理念が大事だと思っています。

林:むしろ、劇場としても分配される額はあまり問題ではなく、「分配してくれる」という姿勢にとても感謝の気持ちでいっぱいですね。実際にオンラインの初週分が上がってきたのですが、ヒットしているのに、おっと思う額で、意外とオンライン視聴は動いていないんだなと。

濱口:どうしてもまずは劇場公開の宣伝がメインになるので、オンライン配信は十分に宣伝できていない現状があるのですが、ここから徐々にSNSなどで、劇場に来ることができない人も観ることができるということが伝わればと思っています。


――――音声ガイドや英語字幕付きで、どなたでもご覧いただけるようになっているのも大きな意義ですね。『偶然と想像』は大ヒットしていますが、元町映画館では満席でお断りしたことが何度かあったぐらい、超大ヒットしています。『ハッピーアワー』を毎年年末上映しているので、濱口作品の聖地のように思ってくださる方もいらっしゃるのかなと。

林:『偶然と想像』は、『ハッピーアワー』以来の濱口監督作品ロードショーで、その間の2作品(『寝ても覚めても』『ドライブ・マイ・カー』)はシネコン公開されていたので、このまま帰ってこないのかと思っていたら「来た!」と(笑)


濱口:やはりお世話になった場所でかけてもらえる作品を作ろうと。


林:本当にありがたいです。系列で上映されてもおかしくない作品でしたから。



■ごっこ遊びができる濱口映画

――――『偶然と想像』を観てから、改めて『ハッピーアワー』を観ると、『偶然〜』でハッとした試みが、すでにそこでやられていることに気づくことが多々ありました。

濱口:商業映画は規模が大きい分、十分に時間をかけて撮ることは難しいところがあります。『ハッピーアワー』でかけたような時間のかけ方とまでは言わないけれど、それに近い時間のかけ方ができるように、小さなチームを編成して、試行錯誤が可能なようにしましたね。


林:私は『偶然と想像』が大好きだし、最初から最後まで笑いっぱなしなんです。江口さん(インタビュアー)は意外と身につまされて笑えないって言うのだけれど。


濱口:反応が両極端なんですよ。


林:劇場内でみんな笑っていた日もあれば、笑っていいのかなという日もあったり、その日のお客様によって反応が違いますね。わたしも最近、監督の名前が出てこないとか、関連事項も出てこないことが日常茶飯事ですが、その度に、第三話ごっこをいろんなところでやってます。「あなたの名前が思い出せないの…」「わかる?」って(笑)。


濱口:jig theaterでは第二話ごっこをしてました。


林:閉める。開ける…(笑)。こんなにネタにしやすい、笑いっぱなしの濱口映画は初体験です。新しいけれど、でもやっぱり濱口さんの作品だなと思う部分がしっかりあり、濱口さんの新しい面を発見した気持ちに少しなりました。


濱口:自分にとってもそういうところは多少ありますね。ごっこ遊びができる映画になっているようですし。



――――何度も観たくなるを超えて、毎日観たくなる、登場人物たちに会いたくなるような作品でした。特に第三話は強度があり、特に好きなパートです。

濱口:毎日食べたい味噌汁みたいな映画ですね。


林:第三話で名前も思い出せないまま、家に連れて来た女性と交流がはじまるというのは、女性同士ならではの部分で、胸にぐっときます。


濱口:第三話は地方都市でペデストリアンデッキがあることが条件でした。2年ほど仙台に住んだ時期があったので、あそこなら確実に撮れると最初から目星をつけていたんです。あとは交通費の問題でしたが、ロケハンに行き、ここにしましょうかという感じで決まりましたね。2020年6月ぐらいからリハーサルをしましたが、コロナ禍で大手はなかなか動き出せなかったし、制作現場が動き出したものの止まってしまったという話もよく聞いた、とても難しい時期でしたね。


――――河井青葉さんが演じるあやと占部房子さんが演じる夏子は、ほかの話と比べても一番視線をしっかり合わせて話すシーンが多く、それによって観客に強い印象を与えていましたね。

濱口:基本的には顔を撮りたいので、ちょっと視線がすれ違っているぐらいの方がこちらとしては撮りやすいのですが、第三話の場合、演じているふたりの間で発展していくものがあり、なかなかこちらを向いてくれなかった。脚本に書かれている関係性を演じていると、自然と見つめ合う感じになりました。ただ、そのことで感情的には後半に行くに連れ、大きく渦を巻いていく感じになっていった気がします。


―――実際にどれぐらいの人数で撮影したのですか?

濱口:第三話の仙台ロケは自分を入れて7人、東京撮影時に美術部が入ると10人ぐらいでしたね。実際に時間をかけてリカバリーできる体制ができるとか、最初から人がいないことを前提に書いた脚本があれば、少人数で撮影することは可能です。ただ画面の豊かさを考えると、この規模感だけがいいという訳ではないのですが。




■偶然の生み出す力

――――今回は三話でしたが、計七話を作る予定とお聞きしました。あと四話ありますね。

濱口:そこはゆっくりと作っていきたいと思っています。


林:『偶然と想像』で濱口さん的に新しい発見や挑戦はありましたか?


濱口:偶然を結構大胆に盛り込むことですね。偶然は、あまり頻繁に起こすと「都合が良すぎないか」と思われる一方、タイトルに入っているので偶然が出てこないとむしろおかしいですし。


林:では最初にタイトルが決まっていたんですね。


濱口:シリーズタイトルとして『偶然と想像』があり、偶然を物語に入れると、こんなにツイストしていくものなのか!こんなに思いもいかなかったところまで行けるんだ!というのが発見でした。


林:偶然の生み出す力ですね。


濱口:脚本を書くとき、普通は着実に積み上げていくのですが、今回は笑いが起きるというのも、そこまで積み上げてきたものが完全にひっくり返ることで「え〜っ!」と感じるところがあるのではないかと思っています。あと四話作りますが、そのうちタイトルに『偶然と想像』と入れなくても、どんどん作ってしまえるかもしれない。その域まで到達できればいいなと思っています。


林:普段はあまり考えずに生きているので、自分にとっての偶然をどこまで認識できているかわからないですね。物語で見るとわかりやすいですが。


濱口:ちょっと観客で来館したら『ハッピーアワー』をかけてもらえたのを偶然と言うか、必然と言うかという話ですよね。



■俳優とカメラの関係

――――なるほど。『ハッピーアワー』と言えば、今年の東京国際映画祭で濱口さんが審査委員長として来日したイザベル・ユペールさんと対談されたとき(トークシリーズ@アジア交流ラウンジ)、ユペールさんが『ハッピーアワー』の芙美を演じた三原麻衣子さんのずっとうつむいて考え込んでいた演技に何度も言及されていました。強い感情を表す演技が評価される傾向にある中、ユペールさんが芙美に注目していたことに、わたしは感銘を受けたのですが。

濱口:何かをやっていないと、なかなか演技をしていないと思われがちですが、ユペールさんが触れていたように、たとえば芙美を演じた三原さんはその場の状況を捉え、彼女の中で何かが起きていたと思うのです。カメラは意外とそれを捉えることができる。むしろ、何をしても、どんなに大きな言葉を発しても、体に起きていることがなければ、それもまた映ると思っています。ユペールさんが『ハッピーアワー』を観て、演者について言及してくださったのはとてもありがたいことです。


――――予定時間を過ぎても熱い議論が続き、濃密な時間でしたが、映画史そのものと言えるユペールさんとの対談は準備も大変だったのでは?

濱口:階級違いでリングに上げられて、重いパンチを浴び続けたような感じでした(笑)。ユペールさんは「カメラの前で緊張したことがない」とおっしゃっていましたが、最初からすごくいい現場に恵まれたのかもしれませんね。


【2021−2022濱口竜介監督×林支配人対談後編】:『三度目の、正直』の凄さと、映画館のあるべき姿を描くために必要なこと に続く



『偶然と想像』(2021年 日本 121分)

監督・脚本:濱口竜介

出演:(第一話)古川琴音 中島歩 玄理/(第二話)渋川清彦 森郁月 甲斐翔真/(第三話)占部房子 河井青葉

撮影:飯岡幸子 プロデューサー:高田聡 製作:NEOPA fictive  121分 

配給:Incline 配給協力:コピアポア・フィルム

©︎ 2021 NEOPA / Fictive



※以下の公式サイトより、バーチャルシアター(バリアフリー音声ガイド版/バリアフリー日本語字幕版/通常盤/English Subtitled Version avaiable only in Japan)にアクセスできる。