『悪は存在しない』、映画論『他なる映画と 1・2』とあと何か 【2024−2025濱口竜介監督×元町映画館、年末恒例茶飲みトーク】


 元町映画館の年内最終上映日となる12月30日の恒例となった濱口竜介監督と元町映画館スタッフとの茶飲みトーク。この日は、2015年12月に『ハッピーアワー』が公開されてから10回目となり、また主演4人(田中幸恵さん、菊池葉月さん、三原麻衣子さん、川村りらさん)が国内で初めて勢揃いした貴重な舞台挨拶が行われ、例年以上のスピードで満席札止めの大盛況となった。『悪は存在しない』の公開や、並行して製作された『GIFT』の石橋英子さんライブ公演、そして6年越しとなる映画論「他なる映画と 1・2 」の同時刊行と、今年もその活動から目が離せなかった濱口監督と、『ハッピーアワー』『悪は存在しない』の高田聡プロデューサー、元町映画館からは理事の高橋勲が参加し、2024年を振り返っていただいた。その模様をご紹介したい。




――――元町映画館での『ハッピーアワー』舞台挨拶が今日で10回目を迎えますね。

濱口: 満席だそうで、本当にありがたいことです。2015年12月5日に初日を迎え、そこから数えて舞台挨拶が10回目で9周年になります。昨日はシネ・ヌーヴォで舞台挨拶を行いましたが、こちらも満席でした。5時間超の映画が9年経っても映画館でかけていただき、お客さんが来てくれる。こんなにありがたいことはありません。舞台挨拶メンバーも「しゃべることがない…」とか言っている割には、登壇したら毎度いい話をしてくれるので、そういう意味でも毎年、貴重な機会をいただいています。そもそも公開当初、こんな5時間の映画を作ってどこが上映してくれるのかと不安だったときに、元町映画館の林未来さんが「全然、かけますよ〜」と言っていただいたことが、どれだけ心強かったことか。



■『悪は存在しない』公開後の反響は?(濱口/高田)

――――『ハッピーアワー』と同じ高田プロデューサーによる最新作『悪は存在しない』は、『ハッピーアワー』のキャストが複数名出演しており、製作体制も含め同作とのつながりやそこからの進化を強く感じました。

濱口:2023年の1〜3月に作ったのですでに2年前のことになりますが、疲れない映画製作をしたいという気持ちがありました。当時、高田さんに「どうなるか全く先がわからないプロジェクトがあるのですが…」と相談したところ、「いいんじゃない」と(笑)。どんな気持ちでお受けになったんですか?


高田:また、「どうなるかわからないプロジェクト」というのが楽しみだなと、純粋に思いました。


濱口:石橋英子さんがライブパフォーマンス時に上映する「GIFT」だけの予定で、それがどのように展開していくのかは「(映画が)できてから考えたらいいんじゃないですか」と高田さんに言っていただけたので気が楽になりました。途中から「1本、映画ができるかもしれない」という話になっていくわけですが、そもそも誰が観るかという想定もなかったので、公開後どのように受け入れられるのかと思っていたのです。実際には期待していた以上に観客が来てくださったと思うのですが、どうでしょう?


高田:凄く入りました。『偶然と想像』よりも動員数は多いです。『偶然と想像』公開の後に『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞(国際長編映画賞)を受賞し、その後の最初の劇映画ということで、多分注目もされていたはずです。観客の注目を裏切らなかったということでしょう。


濱口:ミニシアターを中心に公開したことも良かったのではないかと思います。『ドライブ・マイ・カー』に来てくれた客層がそのまま、同じような作品を期待して観に来られると戸惑われたと思いますが、まずミニシアターで公開したことで必然的に客層が絞られて、結果として作品にとって良い口コミが続いてくれたし、観客の興味も持続したような印象はありますね。


――――ミニシアターでは通常東京からスタートし、徐々に地方へと広がっていく公開スタイルですが、『悪は存在しない』はほぼ全国のミニシアター同時公開でしたね。

高田:同じような形態で公開をした作品は他にもあるとは思いますが、ミニシアターにファンがついている監督の作品であることがある程度想定できますから、順次公開ではなく、一番最初に観ていただきたい観客に早く作品をお届けし、それでもまだ観続けていただけるなら、より公開を拡大していけばいいのではないかと配給のIncline大高健志さんやコピアポア・フィルムさんと相談して進めました。


――――『悪は存在しない』はリピーターも多いですね。わたしも一番聞くことに集中した作品ですし、まだ確かめたいことがあるので、映画館で観たいなと思っているところです。これは狙い通りですか?

濱口:企画の成り立ちが石橋英子さんのライブパフォーマンス用の映像を作ることだったので、石橋さんが奏でるであろう音楽に拮抗する映像でなければいけないということが出発時点でありました。今までの中でも一番音楽に近いところに存在している映画でなければいけないと思っていました。確かに、7回とか10回繰り返し観たという方が声をかけてくださることがありますし、音楽のアルバムは続けて聞いたりすると思うのですが、『悪は存在しない』にはそういう音楽的な楽しみ方があるのかなと解釈しています。



■ロベール・ブレッソンの著書と向き合った休養期間(濱口)

――――2024年は映画論『他なる映画と 1・2』の同時刊行もすごく大きな出来事だったと思います。これだけ精緻に映画のことを語ろうとする姿勢や、映画史に残る映画監督たちと作品を通じて対話をされておられて、感銘を受けました。各地で開催した映画講座をまとめた『他なる映画と 1』と、各種媒体やパンフレットに寄せた映画批評を集めた『他なる映画と 2』という構成で、中でも2の書き下ろしとしてロベール・ブレッソン唯一の著作『シネマトグラフ覚書』を読み解く「ある覚書についての覚書」は内容、分量(7万字超)共に目を見開かされました。相当執筆や準備に時間をかけたのではないですか?

濱口:本全体は10年以上にわたって書いたものの集積なんですが、『シネマトグラフ覚書』論に関しては、 2022年のアカデミー賞後に、半年ぐらい休んでいた期間に書き進めました。映画のことをただただ考えるだけの時間を作りたいと思ったとき、以前から読んでいた『シネマトグラフ覚書』を改めてきちんと読むことを始めました。写経をしているような気持ちでやってましたね。そうして読んでいくうちに、書かれている言葉同士の繋がりが見えてくるようになり、これは一つの論にまとめてみようと思ったのです。結果的に、『悪は存在しない』を撮る上でのいい助走になりました。


――――なるほど。ブレッソン作品を説明するところでは、写真(映像クリップ)を使わず、すべてシーンの流れをテキストで解説されています。これだけの熱量で向き合った“覚書”を書いたら、何か自作に影響を与えることになるのかなと想像していました。

濱口:楽しく撮りたいという気持ちがあったので、映画を撮る上で、自分がどういうところを楽しく思っているのかを確認する作業でもありました。他にも偉大な監督がたくさんいますが、これだけ言葉を遺してくれた監督は少ないですし、しかもその一言一言が映画の本質のようなものへと導いてくれるものだと感じています。『シネマトグラフ覚書』を読んでいると、自分が要るものと要らないものがすごくはっきりしてくる感じがあり、道標のようなものとして、すごくありがたかったです。


――――元町映画館でも濱口さんに映画講座をしてもらえたらと密かな願望があったのですが、『他なる映画と 1』を読むと、事前準備のすごさがわかるので簡単には頼めない(笑)そして、本当に研究して書くのがお好きなんですね。

濱口:講座は準備が大変なんです(笑)。書くのが好きというよりは、20代の頃から自分が「どうして映画が上手くならないのか」と悩む中で、他の人の作品が「どうして上手くいっているのか」「どうして自分が感動するのか」がわからなければ次に進めないと思い、研究する。そのモチベーションのためにも人前で発表したり、文章にしたりするっていうのを、自分的には止むに止まれずやっている感じです。




■映画論『他なる映画と 1・2』と“聞く”ことの大切さ(濱口)

――――『他なる映画と 1・2』でも俳優の体の使い方に関する評論が複数掲載されていますが、年末年始で開催中の濱口竜介監督特集上映《映画と、からだと、あと何か》に繋がりますね。タイトルもいいです。

濱口:『他なる映画と 1・2』発売時に、僕が20冊選書し、書店でのフェアを開催したのですが、《映画と、からだと、あと何か》はそのときに付けたタイトルなんですよ。選書本の中には病気なども含めて身体関係を取り扱ったものや、映画関連のもの、他にそこに当てはまらないものもあったので「あと何か」としたのですが、その「あと何か」にいい感じの含みが出てきた気がしたので、特集上映のタイトルを考えた際にこれがいいなと。


――――『他なる映画と 1・2』の表紙の風景写真が、1と2で微妙に異なっているのも、何かのニュアンスを感じさせますね。

濱口:特集上映にもラインナップされている短編映画『Walden』の最初のフレームが1の表紙になっており、最後のフレームが2の表紙になっています。「ショットというのはカメラの回し始めと回し終わりである」という話を書籍の中で度々しているので、編集の中村大吾さんが、ショットの最初のフレームと最後のフレームを表紙にしてはどうかと提案してくださったんですよ。


――――そういう繋がりがあったとは!濱口さんが東京藝術大学大学院時代に黒沢清監督から学んだこととして『他なる映画と 1』の冒頭で登場しますが、当たり前と思えることが、実は大事なんですね。

濱口:そうです。当たり前である分、意識に上らず、無意識で処理してしまっていることが多いと思うんです。ただ、当然の前提条件であることを意識しないで悪戦苦闘をしても、単に上手くいかないことをやっているだけ、ということが往々にしてあります。つまり当たり前のことを意識化しなければ、映画を撮るのが上手くならない。それこそ「現実を記録するカメラという機械は、フィクションをつくるには本来不向きなものだ」という黒沢さんの教えは目からウロコでした。なるほど、上手く行かないはずだ、と。なので、自分の書籍の全体的なコンセプトは、すごく当たり前のことであっても改めて「映画ってこういうものですよね」ということを指摘して、読まれた方が映画を見る際にも意識して考えてもらうという感じで書いています。


――――東日本大震災後に東北で撮影されたドキュメンタリー4本(『なみのおと』『なみのこえ 新地町』『なみのこえ 気仙沼』『うたうひと』は、2025年で30年目となる阪神・淡路大震災のときは時代的なこともありあまり作られなかった、声や民話を記録する貴重なドキュメンタリーで、書籍の中でもターニングポイントになったと書かれていましたね。

濱口:これらのドキュメンタリーを撮らなければ、そもそも『ハッピーアワー』という映画は生まれていなかったです。カメラの前に立った人の魅力が映れば、映画になるという覚悟をちゃんと持つことができたからこそ、時間をかけてワークショップを積み重ねていけば、何か出てくるのではないかと信じて、作ってくことができたと思います。


――――以前から映画を作る上でも「聞く」ことを大事にされてこられましたが、書籍でも「聞く」ことの大事さや、あまりにもノイズが多い現代社会で、何をしっかり聞かなければいけないのかということを、改めて自問したくなりました。

濱口:『うたうひと』では、みやぎ民話の会に所属する研究者の小野和子さんが聞き手を務めてくださいましたが、そこが大きな転換点となりました。小野さんは民話の語り手たちと深い関係を結んでおられ、今まであまり聞かれることのなかった「民話」に耳を傾けてこられた。僕たちも被災体験ではなく、一体「どういう人が災害の渦中やその傍にいたのか」を聞くことができれば、自然とその人の魅力が引き出されるのではないかと、共同監督の酒井(耕)とも話していた記憶があります。「聞く」ことはその人がその人であることを助けるだろう、と。

だから『ハッピーアワー』のワークショップも「聞く」ワークショップとして構想しましたし、結果として、とても素晴らしい時間を過ごせたと思います。ただ、その時の気づきを自分の中でキープし続けることは、なかなか難しい。やはり社会全体が「聞く」ことを促しておらず、むしろ相手の考えを言わせないことを促しているようにも感じる。そんな中、どうやって「聞く」が続けられるのかは、常々考えています。


高橋:僕は『他なる映画と 1』の最初しか読めていないのですが、「映画を見始めたとき、寝ていました」と書かれていて、僕も寝てますよー!と思いました(笑)


濱口:良いと言われる映画ほど眠たくなる! これは一つの真実だと思います(笑)。とは言え、若い頃は映画を見て寝ることがコンプレックスだったりしたんですが、あるときにこれだけ寝るんだから、きっとそのように映画ができているに違いないと、思ったんですよ。生きていて、外でそんなに寝ることはないと思うのですが、チケット代を払って寝ることを繰り返すというのは一体なんだろうと。

結論としては、視聴覚メディアである映画には物語とは異なる魅力が根本にあって、そういう部分を全面に出した映画は、ある意味では退屈なものだ、ということなんです。しかし、その退屈の向こう側のような世界もまたあって、それはむしろ一回寝たぐらいのほうが、かえってよく見ることができると思います。そして、その感覚はやはり映画館の暗闇の中でないと得られないものだと思います。


高橋:僕は濱口さんが『ハッピーアワー』の撮影で神戸に住んでおられたとき、お客様としてお越しになって、映画が終わっても寝ていたのを目撃しているんですよ。映写をしていたので映画が終わってから「ありがとうございました」とシアターでお見送りをしているとき、最後列の右端の席で体を揺らしながら寝ておられたんです。起こすと「よく寝た!」とおっしゃっていたエピソードを思い出しながら本を読んでいました(笑)


濱口:有言実行ですな(笑)



■入る作品と入らない作品の差が大きい(高橋)

濱口:ところで、最近の元町映画館はどうですか?昨年は1回15人入れば、映画館は継続できるのにと話されていましたが、その状況は変わらないですか?

高橋:今日はいつもより早く満席になってしまったので、毎年『ハッピーアワー』を見に来られているお客さまが10メートル先に見えた瞬間、「ごめんなさい!」と謝りました。こんなに入る映画がもっとあるといいのですが…。通常は昼間の回に20人ずつ入ってくれれば、夕方以降は10人でもいいんです。平均で1回15人が目標ですが、なかなかうまくいかなくて、入る作品と入らない作品の差が大きいですね。夕方以降の回の動員が厳しいのはわかっていますが、『悪は存在しない』を5週間上映したときは、昼の回でも夜の回でもよく入ったんですよ。こういう作品が一年を通して支えてくれるし、入る映画を長い期間上映するのが目標ですが、1スクリーンのため上映延長をすることが難しい。


濱口:例えば上映企画に対する助成金があれば、少しは支援になるのですか?


高橋:日本映画の製作本数がとても増えています。コロナ禍でAFF2(ARTS for the future! 2、2023年3月31日で終了)を使って映画を撮った人が作品を携えてくるのですが、製作にはお金が出るものの、劇場営業や宣伝の分は出ないので、作った監督自らが営業するわけで、世間的に作品のことが知れ渡るのは難しいですよね。一方、『悪は存在しない』はどれだけパブリシティが出ていたかを僕も知っています。これだけ事前に濱口さんのインタビューなどが露出していたら、それはヒットするだろうと。


濱口:媒体がどれだけ興味を持ってくれるか、というのはコントロールができないところがありますしね。『悪は存在しない』もスターが出ているわけではないですし、作品自体が多くの人の興味を惹くものだったのかどうかはわかりませんが、ヴェネツィアで受賞したとき、これで国内配給もできるだろうと思いました。そのとき、だからこそミニシアターで上映するのが良いのではとも思った気がします。ただ、それはラッキーなことであって、どうやって一本一本の映画に興味を持ってもらえるか、というのは常に悩ましい問題です。映画館に話を戻せば、京阪神地域で観客自体も減っている感じでしょうか?


高橋:他の映画館とも話をするのですが、残念ながら(観客が)減っているという話しか聞かないですね。今までのミニシアターを支えてきた層も70代を超えてくると、どうしても映画館まで足を運ぶことが減ってしまう。やはり映画ファンは一定数いるとは思いますが、その数が減ってくるとダイレクトにわかりますね。

一方で若手監督の作品は、最初は動員が芳しくなくても大事にしたいです。入らないから上映しないということはしたくない。若手映画人を育てることがミニシアターの存在意義だと思っているし、実際にハコも小さいので、そのための映画も作られているわけで、未来の濱口さんのような存在を育てていきたいですね。



■今までのやり方では立ち行かなくなる(濱口)

――――コロナを機に、拠点を地方に移して活動されている映画監督が増えたのではないかと思うのですが、濱口さんは再び神戸に戻ってという可能性はありそうですか?

濱口:時がくれば、あるかもしれませんね。商業映画を作っていくなら東京にいなければ難しい状況は依然としてあると思いますが、どう生きていくかはまだまだ分かりません。基本的に人口、特に若年人口は減っていくし、実写映画よりも刺激の強い映像に人の嗜好が流れていく中で、どうやって映画製作・配給・上映を続けていくのか。今までのやり方では当然立ち行かなくなっていくでしょう。


高田:やはり商業映画は東京でなければ作りづらいですか?僕は、東京一極集中をなんとかしたいと思っているのですが。結局神戸で撮影しても映画スタッフは東京からやってくることが多いので、そこも課題ですね。


濱口:スタッフの方や機材が揃えば、東京でなくても作れると思います。商業映画、つまり製作費を回収しなければならない映画を作るときは、俳優の知名度が重要になりますから、それも含めてやはり東京の方が作りやすい状況、というのは動かないでしょうね。つまりは、製作費の回収を絶対視しなければ、映画製作自体は可能だということだとも思います。じゃあそれって一体どんな映画なのか、そんな映画作りでも誰も搾取しないというのは可能なのか、というのはどこまでも悩ましいですが、あくまで「商業映画は」東京でなければ作りづらいということだと思います。


■サポータークラブが命綱(高橋)、関わる人全員が考えていくべき(濱口)

――――最後に濱口さんには早々に元町映画館のサポーターとしてご支援をいただき、サポータークラブに入っていただき、大変勇気付けられました。ありがとうございました。サポーターとして、元町映画館に期待したいことはありますか?

濱口:ただただ、この場所が永く続いてほしいです。若手作家の作品を上映しているというのは、我々もそうして育てていただいたわけでそのような機会を作るのは、すなわち未来を作る仕事であって、すごく大事です。また、多様な映画を見られる場所が地域にあるというのは、文化としてとても大事なことです。さっき言った「寝てしまうような」いい映画ほど、集中して見る環境が必要になります。映画館というのは実際の「場所」であるのが強みですから、映画以外のことに場所を開いて、色んなタイプの人が集まる場にしていくというのも可能性が広がります。そういう試みをされているところも素晴らしい。そして、サポータークラブという仕組みもいいと思います。

高橋:他の劇場ができないことだと思いますが、サポータークラブはストレートにお金のご支援をお願いしています。もうすぐ1年になりますが、このサポータークラブのみなさんのご支援がなければ、映画館はもう存在していなかった。今日の舞台挨拶もできていないです。夏ぐらいには「閉館のお知らせ」を出していたかもしれないぐらい、厳しい数字でした。サポータークラブが今や命綱になっています。

濱口:映画館を支援するのは必要なことですが、映画館の人がお願いして回るというより、ちょっと外側の人がやるべきことなのかもしれません。話にも出たように、基本的には映画館に対して人が来なくなる構造的な原因があり、しかもそれは進展している。何かで経済的に補填をしなくては続かない状況であるはずです。コロナ禍のミニシアター・エイド基金でもはっきりと感じましたが、映画館に関心を持っている人、その価値を理解して支えたいと思っている人は絶対に相当数いるはずなので、そこにきちんと届くように何か仕組みとしてあるべきだと思います。

少なくとも、今のままではミニシアターは続かない。この文化的な価値を支える事業を国がすべき、というのは当然あると思いますし、その点でも運動していくべきではありますが、この国の今の状況で、どれだけの公金が映画館の助成にまで回ってくるかというのは極めて不確かだとも思います。危機感を持ちながら、関わる人全員がどうすればより良い方向に変わっていくのかを考えていくことですね。

(江口由美)

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